010 『ドローン』
V.E.S.S.のゲームモードは複数ある。
単純な戦闘を始めとして、
それはV.E.S.S.が電子戦争の延長であることの証左でもあった。
例えば、CTFは敵勢力の重要情報の奪取任務であり、コアディフェンスはハッキングに対する防衛・迎撃任務である……というように、電子戦争において行われた幾つもの作戦行動が、そのままゲームモードとして実装されている。
そもそも電子領域下での攻撃行動とは、一皮むけば旧世代PC同士のハック・クラッキングとなんら変わりない。
オートマトンはその点において画期的だった。
なにせいちいちコードを記述しなければ電脳世界に干渉できないヒトと違って、電脳知性体である彼らは意思一つで自在にデータを操ることが出来たからだ。
ヒトが通信プロトコルやストレージを用意してから行うデータの移送も、オートマトンなら歩いて行って手で掴むのと同じ。
ハッキングプログラムを焼き払うセキュリティソフトウェアも、オートマトンならば迂回するのは容易い。
既存のプログラムをその場で調整しつつ使い分けるような技術が、彼らには生得的に備わっているのだ。
電子戦争とは、つまりオートマトンを主体にしたハッキングによる国家間の情報戦だった。
敵地を占領するのに軍隊は要らない。インフラを掌握されれば国家は滅ぶ。
NANに覆い尽くされた世界、電子戦争期はまだAR技術が日常と溶け込みきらない頃であったが、それでもネット上での支配権は現実のそれより力があった。
その電子戦争をスポーツに変化させたものがV.E.S.S.であると言うのならば。
オートマトンの相棒として戦場を駆ける、ドローンとは一体何か。
修二はアリーナの中央に鎮座する、ひよこに似た機体を見上げて息を吐いた。
戦場の熱はとうに引いている。もっとも、熱中する程何かをしたわけではないので、ただアテられただけだろう。
辺りから感じる熱気と違って、空気は実に涼やか。かつて空気調整機というものがメジャーだった頃なら、ここは今頃地獄のように暑かっただろう。粒子機械さまさまだな、と修二はぼんやり思った。
勝つ。負けるわけがない。修二はただの一戦で確信していた。
最早彼女が負ける様子が思いつかない。予選ごときで敗北することは万に一つも有り得ない。
修二が「負けるはずがない」と思わされた人物は、生涯で二人目だ。
そう、二人目。
夏希に抗しうるといえば、それは……この街ならば、『イーグルアイ』ただ一人だ。
「修二くんのと同じだね」
夏希の言葉に、修二は小さく頷いた。
拠点防衛・都市間戦闘用ロールドローン『Afex2 フェザーダンス』、その初期型。
ロールドローンのパイオニアであるエーフェックス社が生み出したロールドローンの実用機第一作であり、傑作機。現状で生産機体数最大のドローン。半世紀前の電子戦争を経て尚、未だに現役で使用されるドローンのベストセラー。
構成はかつて戦場を席巻したAK-47にインスパイアを受け、万人が扱える機体を目指したもの。
癖がなく、扱いやすく、拡張性に富み、頑丈で整備が簡素であり、何よりオートマトンからのハッキング耐性に優れる。
――オートマトンは、戦場を行き交う自律兵器のほとんどを無力化してしまう。
NANからLANへ、或いは機体そのものの制御機器へと侵入し、操作を掌握する彼らの前に、ただの電子機器は無力だ。
電子戦争初期はつまるところ同士討ちの歴史である。
それまでの戦場を席巻していた
一方、そのオートマトンもある単純な方法によってシャットアウトすることが出来た。
NANを伝って移動するという原理上、彼らは粒子機械が存在しない空間――つまり真空へは侵入できない。
旧来のLANへ侵入することも出来るが、無線アンテナの機能を切り、コネクターやケーブルの金属線を大気に触れさせなければ問題ない。
NANを物理的に切り離した空間へは、物理的な方法によるNANの再接続が必要になる。
極端に言えば施設の壁を破壊してしまうことだ。
ドローンはそういった物理側の問題解決には必要だった。
持ちださなければ結果を得られないが、持ち出せばたちまち相手に奪われる。
このジレンマの対策として、オートマトンとそれに随伴する有人機というプランが提唱された。
機体を直接操作し、かつ外部制御機器を廃することで、オートマトンのハッキングを難しくする。
加えてオートマトンからの攻撃をオートマトンに護衛させることで、制御を奪わせぬまま敵施設へ接近できる。
更に言えば、粒子機械が機能しなくなるような熱や電流、粒子弾などであれば、殺せずとも物理側からオートマトンへダメージを与えられる事も判明した。
そうしてNAN攻撃用装備を積まれて生まれたのが、電子空間戦闘補助用有人機『ロールドローン』。
フェザーダンスは、その初の実用機。
オートマトン一体に対しロールドローン一機という構成も、この時に生まれたものだ。
戦場を中継する大型ARビジョンの光が、塗装のない鈍い銀色の装甲に、表面の傷で歪みながらも映っている。
修二は飽きずにそれを見上げていた。
夏希も彼に習ったのか、じっと動かない機体を見上げている。
周囲の喧騒も、奇妙なものを見る視線も、その時だけは忘れられた。
『修二様、夏希様。お時間です』
やがてイスカが控えめに告げると、二人はどちらともなく視線を下ろして振り返った。
「そっか。意外に早かったかも?」
『やーっとか。待ちくたびれたわ』
ちぐはぐな事を言って顔を見合わせる夏希たちの様子に、小さな笑いが起こる。
ふと見れば、辺りに渦巻いていた歓声や熱気はとうに冷え、凪いでいた。
皆、時を待っている。これは嵐の前の静けさ。
そして今隣にいる少女こそが、台風の目――。
修二はさっとウェアコンを起動して時計を見、相棒に振り返った。
『次の種目は
何を言うより早く、イスカは答えた。
「分かった……行こう、イスカ」
『かしこまりました』
「夏希も」
ぐっと伸びをするセレネを極力視界に入れないように意識しつつ、修二は夏希を見た。
小首を傾げてにやっと笑う彼女の眩しさに目を細める。
「うん。――さいっこうの勝負をしようね」
勝負と言っても、勝つのは夏希だ。修二は思った。
彼女がいる限り負けはない。気楽といえば気楽なはずなのに、しかし。
「……お手柔らかに頼むよ」
結局修二はそれだけ答えて、カプセルピットへと向かった。
結果など語るまでもない。
夏希たち四人は、当然のように勝ち進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます