009 ペア部門第一予選



 V.E.S.S.プレイヤーは二つの評価軸で分類される事が多い。

 戦闘への関与傾向を示す動的ダイナミクス静的スタティクス、積極性を示す攻勢アグロ守勢パス。その二軸の組み合わせだ。


「そぉ――」


 修二は典型的な静的守勢スタティックパスであり、自然と攻撃を凌ぎつつ逆転の目を探るような戦いになる事が多い。

 では夏希は。


「れっ!!」


 正面から突撃した夏希は、浴びせられる銃弾を巨剣の腹で受けると、そのまま袈裟に斬りかかった。

 バックダッシュで回避を試みた相手――機動性に優れた中距離射撃型『ブラスレイピア』――の真鍮色の胸部装甲に、深く斜めに傷を入れる。

 回避してきた、という所に修二は着目した。


「夏希、多分」

「そうみたい!」


 昨日の一連の戦闘で、彼女の戦闘スタイルは周知されたと見ていい。

 極端な動的攻勢ダイナミックアグロ――ドローンによる直接戦闘を嗜好するプレイヤー。


 高速で後退していく敵機を見ながら修二は考える。

 夏希の装備は巨剣が二本。つまり近寄らなければ攻撃出来ない。引き撃ちは近接型をカモにする常套手段。

 彼女の手の内は概ね知れ渡っていると考えて間違いない。


「いいねいいね、そうこなくっちゃね」


 アポローンのブースターが火を噴く。

 ハーフホバー式の機体は胴体下部の四基のブースターで浮力を得て、高い脚力で滑るように地を滑走する。

 ハイエンドモデルのアポローンは、そのどっしりとしたシルエットからは想像もつかない速度で前へと駆け出す。


 修二は夏希の後を追いつつ、レーダーに目を向けた。


「イスカ」

『予定位置に潜伏中です』


 セレネはどうやらオートマトン二機と相対しているらしい。


 夏希とセレネのペアはかなりのタイマン志向のようで、夏希がドローンを、セレネがオートマトンを担当する形になるらしい。

 コンビネーションに劣るが故か、互いを信頼しているが故か。


 修二は手早く考えをまとめると、マップをじっと眺める。

 草原フィールドの中でも起伏の多いエリアに幾つかポイントを打ち、相棒へと送信した。


「そのまま移動、ポイントBで待機。夏希と一緒にドローンをポイントAに追い込むから、確認次第奇襲をかけてくれ」

『僭越ながら、修二様』


 丁度その時、正面から金属音が轟いた。


 切断された腕部が宙を舞い、アサルトライフルの銃口が草地に突き刺さる。


『その必要がありますでしょうか』


 夏希はいかな手段か、逃げる相手に追いついていた。

 速度は明らかに相手のほうが早いというのに。


 相手は咄嗟にグレネードを落とし、夏希は爆風を飛び退いて躱す。


「しぶといねぇ! でもそうでなきゃ!」


 いや――そうでもない。

 草原に点在する剥き出しの岩や面倒な起伏。背走し、夏希を遠ざけるための照準に意識を割く相手は、時折そういったものに躓いて速度を落とす。

 その度に夏希が詰める。

 無駄なく、理想的な、機体のスペックを十全に発揮した移動。ホバーで滑り、蹴りで加速する。足を軽く地につけて緩やかに旋回。鋭い蹴り出しで鋭角に転進。


 足運び一つとっても、そこには厳然たる格の違いが存在した。


「さぁ、もっと、もっと!」


 夏希は、修二の目にも分かるほどにはしゃいでいた。

 喜び勇んで剣を取る彼女は、この時勝つこと以外の何も考えていないように見える。

 その胸を満たすのは、ただ歓喜。

 まるで――まるで、何かから解き放たれたかのよう。


「もっと! さいっこうの! 勝負をしようじゃあないかぁ――!」


 純粋無垢。天衣無縫。

 楽しそうと言うよりはむしろ、嬉しそうに。

 少女は卓越した技量を、さも当然と発揮する。


 相手の動きに焦りが生まれる。距離を遠ざけるためのライフルの連射は、その実意味を成していないことに相手は気付かない。

 アポローンの重厚な装甲はライフル弾ではかすり傷程度しかつかない。その上機関部は巨剣が盾となって守られている。


 牽制に意味はない。速度を緩めることなく夏希は敵を追いかける。

 ふと視線を落としたレーダーに違和感を感じ、修二はレーダーの出力を上げる。ノイズが除去され、相手のジャミングを補正した結果、レーダーに新たな影が映り込む。


 小さな崖の影に描かれるワイヤーフレームの機体予測。伏せてタイミングを伺う、あれは重装備の大型ドローン『レッドラム』。担いだ武装コンテナの中にロケットランチャーを始めとした爆発系・誘導系を満載しているらしい。


 相手の狙いはこれか。修二はとっさに叫んだ。


「三時方向!」

「だいじょーぶ!」


 そしてレッドラムの射角に踏み込むなり、夏希は巨剣を振りかぶる。


 轟音。


 矢のように宙を駆けた巨剣は過たず武装コンテナを貫く。

 そこから爆発が連鎖し、レッドラムは一瞬でスクラップと化した。


「すとらいーく!」


「……イスカ、ポイントCに」

『かしこまりました』


 呆れ顔で、修二はグレネードを一発放る。

 足元の爆発に、ブラスレイピアの動きが鈍る。

 その時には、アポローンは格納領域から巨剣を呼び出していた。


「しゅーじくん、ナーイスっ!」


 切断音は鐘の音にも似る。


 一瞬の遅れを逃さず、夏希の剣が真鍮色の装甲を断ち切った。




 セレネは少々特殊な経緯のオートマトンだ。

 包み隠さずに言えば、製造用途的に戦闘は不向きだ。

 事実、セレネのボディそれ自体は身体能力に優れたわけでもない、完全なエミュレート・オーガノイドである。


 オートマトンのボディの作り変えは、容易くはないが不可能でもない。

 見目麗しく、どこを取っても瑕疵のないこの体を、捨ててしまうことも考えた。


 しかし今、セレネは背に翼をつけるのみで、こうして人と変わらぬ身で電子の世界に立っている。

 いや――飛んでいる、と言うべきだ。


『ふぁーあ……あーあ』


 相手は二体。重武装のアンドロイド型オートマトン、赤い髪の女と、虎系アンドロイド型のオートマトン。

 セレネは欠伸の余韻を噛み殺すと、それを空中から見下ろしていた。


 わずかに焦げ付く大気の臭いを感じながら、身を包むように閉じていた翼を開く。

 その身には、傷のひとつもついていない。


『飽きてきたわ。もう終わり?』

『貴様……!』


 吠える女オートマトンの装備は遠隔武器が基本らしく、オーソドックスに粒子ビームライフルとガトリング内蔵の盾、アクセントにフックショットと言った様子。

 攻撃は盾で防ぎ、弾幕で相手を動かしてライフルで削る、教科書通りの動きだ。恐らく軍用だろう。


 静かにこちらを睨む虎型の武器は牙と爪。獣型アンドロイドズーニックにはありがちな近接特化型だ。荒っぽい動きを見る限り元は野良だろう。

 牙と爪によるクラッキングに絞って威力を上げているタイプだ。上空を飛ぶセレネにとっては脅威にならない。


『単調すぎてダメね。折角されるがままでいてあげたのに、この程度じゃあ燃えないわ』


 などと嘯きながら、セレネは相手をどう倒すか考えていた。

 セレネが飛んでいる限りはどちらもセレネを傷つけることは出来ない。だが一方で、高空から射撃するだけでは仕留め切れないだろうと彼女は分かっている。

 機敏な虎と、盾持ちの女、どちらもやはり射撃を避けるだけの技量はある。


 口で言うほどに弱い相手ではない。

 セレネは嘲る顔を作って、にやりと笑ってみせた。


 背の翼――『クレセンティック・アーマメント』は、開発者・雛森真冬曰くの「多段可変式多目的機動装甲」である。

 飛行、回避、防御、射撃、格闘、武装格納、ひと通りの戦闘行動をこれ一つで行えるよう設計されたもの。つまり器用だが万能ではない。

 例えば、遠距離戦闘での威力に乏しい、という問題。


『次は私の番』


 どう勝つか。それは常に彼女に付いて回る問題だ。セレネは決してずば抜けたオートマトンではない。一点ものの優れた装備を使ってようやく、と考えている。

 しかし敗北は許されない。彼女の主は常勝でなければならないのだから。

 だから、天使は嘯き続ける。


『派手に――イかせてあげるわ!』


 装備の内訳はほぼ把握した。性能も、大体は理解できた。

 攻めるに十分、仕留めるに六分と言った所。


 翼がぴんと真っ直ぐ伸びる。最低限浮遊するだけの推力を確保しつつ、斉射。

 ガトリングもかくやと言わんばかりの粒子の礫が、草地を無残にかき混ぜていく。


『ちっ……近づけん!』

『一旦退くぞ!』


 機械の虎が鋭く吠え、礫に追い立てられるようにして後退していく。

 先には崖。角度的に、降りればセレネの射撃は届かない。


 好都合だ、とセレネはゆっくりそちらへ向かっていく。

 焦ることはない。ここで待っているだけでも、それは明らかな「勝ち」なのだ。

 雛森夏希の到着と共に、彼らの命運は尽きる。


 ただ、それではセレネの納得がいかない。慈悲も容赦もなく、完膚なきまでに打ち砕いて完勝する。それがセレネと夏希のスタイルだからだ。

 詰めていくこの距離は、そういう心の表れ。


『そう怯えないで? 大丈夫、一瞬で頭の中まで真っ白にしてあげるから』


 それらしい言葉を投げかけながらも、頭の中では高速で戦闘を組み立てていく。

 あの守りの堅い女を仕留めるならば、やはり接近するしかない。だがそうするには格闘型の虎が邪魔だ。相手はまだ気付いていないが、遠距離での撃ち合いではライフルの分相手が有利だ。

 崖を影に距離を詰めて、射撃で牽制しつつ上空から近接格闘を仕掛ける。


『――失礼致します』


 鳥のように急降下を始めたセレネは、目を見開いた。


『なん、だと?』


 飛び降りたはずの虎が飛びかかってくる。

 いや、貫かれて吹き飛ばされているのだ、と気付いた時には、その奇形の槍が二度閃いていた。


『セレネ様』

『っ、やるじゃない!』


 惚れ惚れするような槍捌きクラッキング

 崖下に伏せていたらしいイスカの、有無を言わさぬ強襲。

 三分割された虎が粒子描画を解かれて消滅していくのを横目に、推力を全開にして突進していく。


『飛行型がっ、舐めるな!』

『あら、口での奉仕はお嫌いかしら?』


 絶え間ないガトリングの出迎えを翼で遮る。視界はなくても問題ない。十分に加速した体は逃げる女オートマトンを捉えている。

 セレネは翼の裏を睨み、タイミングを測った。


 きっかり三拍。

 ひらりと身を躱したセレネの胸先すれすれを、粒子ライフルの青い光条が駆け抜けていく。


『んな』


 ああ全く単調だ。そんなんじゃあかすりもしない。


『さぁ』


 モードを切り替える。閉じた翼の先、銃口が赤い粒子を吹き出す。

 奇妙な鋼鉄の翼は、この瞬間だけ巨大な鎌となる。


 長大な赤光の刃。


『激しくイっちゃいなさい!』


 近接格闘形態。翼部先端の高出力粒子刃ビームブレードによる斬撃は、金属さえも溶断する高い破壊クラッキング力を持つ。


 翼を開けば、十字の閃光。

 胴を切り離されたオートマトンは、そのまま崖下に叩きつけられて消滅した。


 羽根の代わりに鋼鉄の板を連ねたような奇怪なそれは、翼であり、盾であり、砲であり、鎌だ。

 セレネは羽撃くように何度か翼を動かして、それからふわりと振り返った。


 奇妙というなら、こちらを見返す女騎士の、その出で立ちもだ。

 時代錯誤な鎧という風体もそうだけれど、その手の槍。シンメトリーでありながら捩くれたような刃は、槍と言うよりは斧のよう。全体で見ればパルチザン特有の三角の大きな刃に似ているが、その穂先は曲剣の切っ先を合わせたような、独特な形状だ。どこか嘴にも見える。


 出で立ちで分かる。明らかに、真っ当な武器ではない。

 ただ相手をクラッキングし、戦闘領域から追い出すだけではないその形状――いっそデリートしてしまうための。


『お疲れ様でした、セレネ様』


 イスカは槍を振り上げて、石突きを仮想の大地に突き刺した。


『そうね。向こうももう終わるかしら』

『夏希様と通信はなさらないのですね』

『必要ないもの』


 終了のブザーが鳴り響く。

 終わってみればあまりに呆気無い、当たり前のような勝利だった。

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