第37話 034 籌略

「それにしても……こんな夜中に呼び出すとは、尋常じゃありませんわね」

「場所も怪しいな。街外れを指定するとか、ぜってえ罠だろ」


 レモーラとシングの言う通り、高確率で何らかの罠が待っているだろうは、私も予想している。

 しかし、エサに食い付いた相手をみすみす逃す手はない。


「罠があっても、罠ごと蹴散らすだけだ」

「一応は街の中ですから、何事かを仕掛けるにしても過度な暴挙は避けるでしょう」


 小声でディスターと言葉を交わしながら、人気の乏しい街路を早足で歩く。

 たまに警備兵の姿を見かけるが、有名人のレモーラが派手な金属音を撒き散らして闊歩しているせいか、わざわざ誰何すいかされることもない。

 宿に届けられた手紙には、『消えた求綻者の行方に心当たりがある。詳しい内容は直接会ってから話したい』との文言と、日付が変わる頃に街外れの練兵場まで来てくれ、との指定が記されていた。


「一連の事件のどこかに、或いは大部分に、もしくは全てに、救国親衛軍が関わっている」


 私がそう言うと、ディスターは黙って頷く。

 だがレモーラは眉を顰め、シングは首を深々と傾げている。


「親衛軍による自作自演、だとでも? 戦争を始めたいならば、被害の捏造は古典的ながら有効な手ではありますけど……」

「そんなコトやってる場合じゃねえだろ、今のこの国」


 これもまた二人の言う通りで、アーグラシアの内情はガタガタだ。

 食糧事情、財政状況、国民感情――その全てが最悪に近い。

 常識で考えれば、対外戦争を支えられる状況からは程遠い。

 なのに、敢えて平地に乱を起こそうとしている理由は何か。

 その疑問に対する正解だと思しき答えが、私の中で徐々に固まりつつあった。


「これは推測なのだが……親衛軍は暴走状態に陥りつつある」

「ほう。政府や国軍ではなく、親衛軍だけですの?」

「恐らくは」


 レモーラにそう答えるが、シングは納得行かない様子で訊いてくる。


「暴走って、どうしてまたこの時期に」

「分からない」

「おいおい」

「分からないから、知ってそうな奴に訊くのだ」


 私の返事に説得力があったのか、シングはそこで口をつぐんだ。

 そして、昼間にシャレルと話した内容について説明しながら歩く内に、武器庫や食糧庫などの軍関連施設が並ぶ区域に出た。

 さっきより人数が増えていなければおかしいのに、警備兵の姿が見当たらないのが気にかかる。


「そろそろ、指定された練兵場です」


 ディスターの言葉で、残る三人の間に緊張が高まった。

 レモーラの性格はかなりアレだが、求綻者としては優秀な部類に入る。

 私と同じく錬士の称号を得ているし、戦闘能力も申し分ない。


 ただの子供にしか見えないシングも、頭の回転は速く状況判断も的確だ。

 戦闘ではクロスボウとダガーを駆使し、暴れ回るレモーラをフォローしつつ、冷静に立ち回りながら敵戦力を確実に削いでゆく。

 それに犬人コボルトの特性として――


「歩き回ってるのが一人で、隠れているのは八人。重装が二の軽装が六かな」


 嗅覚と聴覚が飛び抜けて鋭敏だ。

 罠や敵の気配を察知するのはディスターも得意としている。

 だがシングのそれは次元が違っていて、どんな伏兵や奇襲も看破するであろう索敵能力を有している。

 練兵場の入口周辺に警備の兵はおらず、門は開け放たれていた。

 場内ではマント姿の男が一人、小型のランプを手にしてウロウロしている。


「先手を打ちますか」

「いや、まだ相手の出方が分からない。万が一にも善意の情報提供だったりすると、話が拗れる」


 ディスターに軽く釘を刺してから、こちらに気付いた様子の男に会釈する。


「エリザベート、わたくし達はここで待ちますわ」

「隠れてる連中が妙な動きをしたら止めとく……息の根を」

「息の根は止めてくれるな、シング。親衛軍も一応は正規兵だから、こちらの手で死なせると後々面倒だ。レモーラも、加減するように」

「レモーラお姉様、と呼びなさいな」

「うるさい」


 レモーラとシングにも深々と釘を刺し、ディスターと共に男へ近付いて行く。

 男がマントの下に着込んでいるのは、アーグラシア士官の制服だ。

 右肩からたすきがけされた白ベルトは、彼が救国親衛軍に属しているのを示している。

 どうやら、身元を隠すつもりはないらしい。


「あなたが手紙の送り主かな」

「そ、そうだっ」


 こちらの問いに対し、上擦った声で男は応じてきた。

 緊張で強張った面持ちは、思ったよりも若い。


「消えた求綻者の行方を知っている、とのことだが」

「ああ、証拠の品がある。こっちだ」


 男は早口で言うと、ついてこいとの手振りをして歩き出す。

 焦りが丸見えだし、挙動不審にも限度がある――これはやはり。


『罠ですね』


 ディスターが送って来た断定の念に、小さく頷き返す。

 それにしても、もう少し演技や腹芸をこなせる人材はいなかったのか。

 馬鹿にされたような気分を抱えつつ、小走りで先を行く男の背中を追っていくと、用途不明な建物の前に到着した。

 

「ここは……」

「室内戦の訓練場と、休憩所を兼ねた場所だ」


 扉を開けながら、だいぶ落ち着きを取り戻した様子で男は言う。

 仲間が近くに待機している、という安心感があるのだろうか。

 屋内に足を踏み入れると、予想を裏付けるように多数の男達の気配があった。

 シングのような超感覚を持たなくとも、酒を飲んでガヤガヤと騒いでいる様子が伝わってくれば、誰にでも分かる。


「証拠を披露する前に、宴会に招待してくれるのか?」

「……チッ」


 皮肉を込めながら訊くが、男は舌打ちするだけで返事を寄越さなかった。

 味方の阿呆さにウンザリする気持ちは分かるが、それを私に悟らせてどうする。

 似たような心境なのか、背後のディスターからも小さな溜息が聞こえる。


「この奥に証拠の品と、求綻者の情報を知ってる連中がいる。後は彼らに訊け」


 男は棒読み気味にそう告げると、その場から逃げるように立ち去った。

 白けた面持ちのディスターは、その背中を目で追いながら小声で言う。

「伏兵を連れてくるかも知れません」

「別に構わない……というか、そうなる前にあの二人が何とかするはず」

「それもそうですね」


 小声での短い会話を経て、騒々しさの漏れてくる部屋の両開きのドアを押しあける。

 下卑た笑い声が耳に障り、酒精と薬煙の臭いが鼻に煩い。

 侮蔑と悪意を含んだ視線が、無遠慮に肌に刺さってくる。

 視界に入り込んできたのは、何とも不愉快な空間だった。

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