第14話 013 探索

「お疲れのようですね」


 私の心中は把握できているはずなのに、ディスターは気遣わしげにそう言ってくる。

 その態度が作り物ではない、というのもやはり私には分かってしまう。

 なので、苛立ちを表に出すのも筋違いに思えて、浮かんだ感情は行き場を見失った。

 そんな感情を溜息に乗せて吐き出し、わざとらしく眉根を寄せて応じる。


「曖昧な情報を元に森から森へと彷徨い歩いて、それで目標を発見すれば怪物との戦闘が待っている……気分が滅入るのも無理はないだろう?」


 ディスターの意図から微妙に外れた答えを返すと、そこで会話は途切れた。

 低めの山を覆い尽くした常緑樹の森に踏み入って、もう結構な時間が経過している。

 それ以前に、今回のげんの探索を開始してから、既に一週間(十日)が経っていた。


 レウスティと北で国境を接するアーグラシア王国、その第二の都市コロナ近辺で頻発している、巨大生物による襲撃事件。

 半年ほど前から、牧場や農村での家畜の被害は確認されていたらしい。

 やがて農民にも死傷者が出始めたのだが、アーグラシア政府の反応は鈍かった。

 具体的な対策は、軍による小規模の巡察を月に三回から五回に増やしたのみだ。


 それが求綻者に調査を依頼するまでに発展したのは、コロナ東南に位置するナイフェンの在地領主の館が襲撃され、当主のナイフェン伯オットーとその家族が殺戮されたのが原因だ。

 生き延びた召使いの「見た事もない巨大な怪物が襲ってきた」との証言で、訝の可能性があるとの判断が下されたのだが――


「実際には、自身の安全と自領の警護に使う予算を惜しんでいる、アーグラシア貴族への奉仕活動でしかありませんな」

「まぁ……そうかも知れん」


 私の思考を読み取って、ディスターは辛辣な言を吐いた。

 殊更に毒舌を気取っている様子も、専制国家や貴族に含む所がある様子もない。

 ただ、世界の全てに容赦のない苛烈さで対峙しているだけ――なのだろう。

 真意を確かめた事はないが、私はそう理解しようと決めている。


「理想や信念にも経年劣化があるのでしょうか」

抗訝協会こうげんきょうかいの決定を疑っても仕方ない。私がレウスティの王族として運営に関わっているのなら、また話は変わってくるが」


 そうではなく一介の求綻者だからな、との言葉は省略しておく。

 鐘楼の二度目の起動――再鐘声さいしょうせいから百年以上の長きに渡って、協会は求綻者の育成と補佐を行ってきた。

 しかしディスターが指摘する通り、近年は検訝けんげん内容の不可解さや、資金運用の不透明さが目立ってきている。


「何にせよ、任務は請けたのだ。放り出す訳にも行くまい」

「御意にございます」


 一片たりとも気持ちの入っていない返事を聞き流し、私は少しだけ歩調を速める。

 体を動かすのを優先しておかないと、余計な事ばかり考えてしまいそうだから。


「……山火事の跡、か?」

「いえ、これは焼畑でしょう。既に放棄された様子ですが」


 森の奥へと進んで行くと、不自然に拓けた空間が広がっていた。

 言われてみれば焼け跡と周囲の森の境界は明確で、人の手が加わっているのは間違いなさそうだ。

 そして、こんな場所に畑があるというのは普通ではない。


「徴税逃れの隠し畑かな」

「それにしては、規模が半端なようです」

「となると……逃げた農民達が食料確保に作ったものか」

「そんなところでしょう。雑草の繁殖具合からして、最近まで使われていたと思われます。そう遠くない場所に、逃散農民の隠れ里があるのでは」


 ディスターに頷き返しながら、アーグラシアではここ数年の凶作が原因で、税を納められない農民の逃亡が多発しているのを思い出す。

 さっき見かけた螺旋鴉ねじがらすも、ここと似たような小規模の焼畑に反応したのかも知れない。


「森に隠れ住んでいる連中か……怪物の目撃情報も聞けるかもな」

「ええ」


 ぞんざいに答えながら、ディスターは唐突に目の前を薙ぐ。

 ハルバードに斬り払われた藪の陰にあったのは、錆びの浮いた古びたトラバサミ。

 そこには茶褐色の野ウサギがかかっていた。

 弱っているが、まだ息はある――昨日か今日に設置された罠だ。


「これは……」

「やはり、近くに定住者がいるようです」

「対人のトラップにも気を付けるべきか?」

「その心配は要らないでしょう」


 発動の前に潰しますから――というのを音声化せず、ディスターは私の先を行く。

 一本道が続いているので、迷う心配はなさそうだ。

 だが足元は獣道と大差ない荒れ具合で、木々の梢が作り出す影もかなり濃い。

 不意に、遠くから得体の知れない吼え声が響いた。


海松狗みるいぬです。遭遇する距離ではありません」

「う、ああ――そうだな」


 反射的に長剣の柄に手をかけた私は、顔が熱くなるのを感じる。

 音程のふらついた吼え声は、確かに聞き覚えのあるものだった。

 緊張感が、耳慣れた音も別物に仕立てているのだろうか。


「しかし、これだけ深い森なのに、動物も新生物ヴィズも殆ど見かけないのは何故だ?」

「この地の冷害も、もう二年続いていますから」


 照れ隠しがてらに質問してみると、簡潔な答えが戻ってきた。

 なるほど、作物が駄目ならば動物を食料にするしかない。

 アーグラシアでは肉食は好まれなかったはずだが、もう好き嫌いを云々できる段階ではないのだろう。

 いざとなれば、あの薄気味悪い海松狗みるいぬも食用になるのか――などと想像していると、前を行くディスターの足が不意に止まる。


「どうしたのだ?」

「あれを」


 ディスターが指し示す先には、簡素な木製の柵が見える。

 とりあえず、最初の手掛かりには辿り着けたようだ。

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