第13話 012 鐘楼
私達の世界は壊れかけている。
それに気付いたのは、いつ頃のことだっただろうか。
その考えは、様々な事柄を知れば知るほど、確信に近いものになっていった。
世界を歪ませた原因は、誰もが知っているあの現象だ。
今から二百年以上前、世界各地に聳える【
誰が何のために作ったか分からない、白亜の高層建築物。
それらを鐘楼と呼ぶ契機となった音の洪水【
音は一ヶ月に渡って絶え間なく鳴り響いた、と複数の記録に残されている。
どんな音だったかに関しては『不快』『耳障り』『落ち着かなくなる』『鳥肌が立つ』など、ネガティヴな表現が目立つ。
周辺住民の安眠を妨害し続けた音が止むと、今度は新種の生物が世界中に出現した。
森に、山に、空に、海に、街に、村に、街道に。
ありとあらゆる場所に溢れて、社会をパニック状態に陥れた。
混乱は不安を呼び、不安は恐怖を生み、恐怖は衝動を煽り、衝動は
人間や既知の動物に似ていたり、似ても似つかなかったりする新種の生物達。
どう対処するかを話し合った権力者達は、徹底的な排除を決断した。
そして、大した争いもなく平穏だった世界は、途端に血腥い色彩を帯びる。
少数の犯罪者を相手にしていた各国の警備隊は、その規模を拡大し武装を整えて軍隊に。
各地に散在していた独立都市は大国に統合され、地図は日毎にシンプルになっていった。
終わりの見えない新種生物との戦いの中、「何故に彼らが現れたか」の議論は続く。
やがてそれは責任を押し付け合う犯人探しへと転じ、人類と新種の間の戦いは、いつしか人類と人類と新種の戦いへと様相を変えた。
それから百年。
七の国家が消滅し、百二十余の都市が壊滅し、多数の新種が絶滅した。
新種はその数を大幅に減らしたが、理解が及んだものは
詳細が全く分からない、青い髪と琥珀の瞳を持った
彼等は、十人で千五百を超える重装兵団を撃破したり、王族を半日で全滅させて一国の体制を瞬時に崩壊させたりの、常識を無視した伝説めいた史実を多数残して姿を消した。
同じく謎に包まれた竜は、混乱期の目撃情報は無数に残されているものの、具体的な事跡は記録されていない。
やがて各国間で平和条約が結ばれ、世界が平穏を取り戻しかけていた時。
再び、鐘楼からの怪音が響き渡った。
百年前の悪夢が人々に恐慌を引き起こしかけるが、今回は三日で音が止まる。
その後に、同じ文面のメッセージが七日間に渡って繰り返し流された。
『古き隣人と新しき生命の言葉に耳を傾けよ。そして世の滅ぶ兆たる綻びを探せ』
現在、【
ヒノモト語による不可解なメッセージに、人々は首を傾げるしかなかった。
不安を抱えながらの日々が一年ほど続いた後、唐突に布告が行われる。
そして、共鳴を起こしたレゾナと探索行に従事する冒険者――
各国政府から同時に発表された、鐘楼のメッセージへの回答とでも言うべき諸々。
人々はまた首を傾げさせられたが、お上のやる事はいつもよく分からない、という諦めにも似た感覚で受け入れたらしい。
現在に至るも、この辺りの詳しい事情はボカされている。
しかし私は、求綻者になれと命じられた後、自らの立場を利用して真相を調査し、その一端を知ることができた。
別に大袈裟な話ではなく、王宮の書庫にあった当時の関係者が書き残した機密文書に、内部事情のいくつかが書かれていただけなのだが、それはさて措き。
まず共鳴を可能にする方法だが、これには特殊な薬品の投与が必須となる。
養成所の教官からは「訓練によって可能になる」と教えられていたが、その説明は全て嘘だった。
三年に及ぶあの訓練は、求綻者としての生活に備えて知識と経験を積ませるのが目的で、共鳴を起こさせるのは密かに投与された薬品の作用でしかない。
そもそも、初期の求綻者は訓練も受けずに共鳴を起こし、レゾナと旅立っている。
恐らくは風土病の予防薬などと偽って、候補者に薬品を摂取させたのだろう。
薬品の製法や成分、レゾナとの共鳴を起こすシステムについては、鐘楼から伝えられたらしいと判明したものの、それ以上の記述は見つからなかった。
そして求綻者だが、これは当時の各国高官が募集と派遣を決定した。
二百年前の、三十日間に渡る轟音と、それに続く新生物の出現――
有識者の間では、これこそ『世の滅ぶ兆たる綻び』ではないか、という説が有力だったが、戦乱の収束直後で復興に追われる国々には、調査に人手を割く余裕はなかった。
なので、新生物の知識を利用して変事を調査できるのが好都合だったようだ。
求綻者を志願する人々をサポートする組織は、各国政府の協力によって作られた。
布告から半年で、養成所や連絡所の原型になる機関も設立されていたようだ。
そして数年後、各国間で会合を重ねた末に求綻者を統べる組織は
それから更に百年。
世の滅ぶ兆たる綻びと疑われる事象――
求綻者達は己の行動に確信を持てないまま、正解の分からない答え探しを続けている。
世界を救おうとする熱意は、年を追うごとに冷え込んでいった。
遠からず世界が滅ぶという予感は、人々の意識の底に澱のように積もっている。
漠然とした将来への不安と今そこにある生活の貧困が、世情と人心を急速に荒ませつつあった。
かつては貴族の子弟や高名な軍人、市井の勇者や賢人が挙って求綻の旅に出た。
民衆の期待を背負った子供らの憧れの対象も、今では孤児や貧困家庭の少年少女の主な就職先だ。
そんな現状を否定し、自分達は本気で世界を救おうとしているとのポーズを示す為に、各国では皇族や王族を定期的に求綻者として送り込んでいる。
そんな国家レベルの言い訳担当を任された結果が、私が旅をしている理由だった。
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