第二部 ぼくのイドの世界

罪と罰

 ぼくは、青い暗闇に聳え立つ無意識の壁に、白い精液をぶちまけました。

 不気味な絵になりました。

 何に見える? と、聞かれたらぼくはこう答えるつもりです。


《白い妹にがんじがらめにされて顎を突き上げ絶叫している男になりきれない少年の姿》


 大黒くんには妹がいました。彼女は朝になると大好きなお兄ちゃんを起こしにいきます。

「おにいちゃん、おきておきてー」

「なんだよ、うるさいなあ」

「おにいちゃんの好きな卵焼きつくったんだよ。あったかいうちにたべて」

 にぱ。と、微笑んで、毛布を剥ぎ取って、お兄ちゃんの胸元にダイブするのです。「お兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好き超超超超愛してる」


 そんな可愛い大黒くんの妹が、突然、この世からいなくなってしまいました。

 二十五階の建物の屋上から飛び降りたのです。

 近所の人たちの証言によると、昼の一時をちょっと回ったくらいに、バスケットボールが破裂するような音がしたらしいです。

 小学二年生の子供たちが第一発見者でした。二階の受け皿の部分に落っこちているのを、現場近くで遊んでいた女の子が発見したのです。「うきゃあ。はじめて死体みちゃった!」と、嬉々として友達に言いふらしていました。そしたら大人が集まってきて、死体に気づいて救急車を呼びました。でも誰も人工呼吸したり、AEDを持って来たりしませんでした。誰もそんなことをしたくありませんでした。第一発見者の女の子が相変わらずキャッキャと騒いでいたのでおっさんが怒鳴りつけました。その女の子はなんで怒鳴られたか分からず、悲しくなって泣いてしまったそうです。


 妹の遺品である膨大な書籍を大黒くんは一冊残らず読みました。妹の知識を自分の体のなかに吸収したかったのです。何かに取り憑かれたように読みふけりました。マルキドサドのソドム百二十日あるいは淫蕩学校、バタイユのエロティシズム、沼正三のヤプー家畜人、西田幾多郎の善の研究、そして、白子のりえのチョコレートローズバナナというボーイズラブ小説の中に、一枚のディスクが挟んでありました。

 彼はそのディスクを、ノートパソコンに突っ込んで再生しました。

 SIN宿駅の看板がバンっとアップになって、ノワール映画のように荒々しく手ブレした画面が、改札を通り抜けていきます。

 駅構内の障害者用トイレの扉を目指します。その直前で画面が切り替わりました。画面の中に『TARGET』と、赤いハンコが押された写真が三枚並んでいます。それぞれの写真の下にテロップが表示されます。


 まず、一枚目。名無しのAくん。


『最近、飼っていた愛猫が帰ってこなくなって、その悲しみの憂さ晴らしに近所のばあさんが飼っている犬を金属バットで殴り殺した。現在、中学二年生』


 二枚目。名無しのBくん。


『幼稚園の頃からいじめられていたが、小学六年の時に、自分をいじめていた同級生の下顎に2Bの鉛筆を突き刺して味覚障害にさせた。現在、中学二年生』


 そして三枚目。リーダーの神威くん。


『身長177センチ、体重55キロ。血液型O型。テストステロン10ng/dl、インポテンツ。現在、中学二年生』


 ほほほ。おほほほほ。という鼻につく男の笑い声とともに、ザーッと画面がディゾルブして、おそらく、そこは障害者用のトイレの中でした。ベビー用のおむつ替えの台の上に股を開いて寝転んでいる少女が映し出されます。大黒くんの妹でした。三人の男の子たちが、彼女を輪姦していました。少女は茫然とした様子で、天井についている煙感知器を見つめながら、ぽろぽろと涙を流していました。

 神威くんがつまらなそうに少女のおまんこにトウモロコシの穂軸を突っ込んでグリグリかき回していました。ウヒョーッと手下の二人が快哉をあげます。小さな身体に跨って腰をくねくね振り続けています。「おい、いいんだろ?」と、神威くんがぶっきらぼうに言いました。少女は首を横にぶんぶん振って手の甲で涙を拭いました。神威くんは「ち」と舌打ちして、「くだらねえ」と言い放ち、それでもなお、乱暴にトウモロコシの棒を動かし続けていました。

 映像はそこで途切れます。真っ暗闇になって、ほほほ、おほほほ。というオカマみたいな声が、大黒くんを挑発するかのようにいつまでも笑い続けていました。

 その映像を見てからというもの、彼は毎晩、ひたすら夜の街を徘徊していました。奴らに復讐しようと思い立ったものの、妹の味わった苦痛をどうしたら味わわせることができるのか、自分だけではどうにもならず、その無力さに辟易していたのでした。


 そんなある日の夜のことでした。

 路地裏で喚き声がしました。往来のサラリーマンどもは、チラッと目をやって気づかないふり、忙しいふりをしてそそくさ歩いて行ってしまいます。

 大黒くんは、見て見ぬふりができなかったので、路地裏に駆けつけます。

 なんと、そこで女装したおっさんが、ラリったチンピラにボコボコにされていました。

 おっさんのすぐ側に年端のいかぬ少年がおちんちん丸出しで、うええんと泣いていました。

「くら、てめえ。さっさとやるんだよお。やらねえと珍ポコ捻り切って、てめえのケツにぶち込むぞ!」

「ひい。それだけは堪忍してください」

 どうやらチンピラは、セーラー服のおっさんに、少年のおちんぽを咥えるように迫っているようです。

 大黒くんは、その泣いている少年を見て、死んだ妹の苦しみを思い起こしてしまい、ありとあらゆることがどうでもいい感じになって、なんとも虚無的な声音で、

「やめろよ。ゴミクズ野郎」

 と、言い放ちます。

 大黒くんに恐怖の様子は一切ありませんでした。

「ああん? んだてめぇ」

 電柱の寂しげな光が、ラリった男の顔を照らします。アロハシャツの、金髪で、たぶん三〇歳くらいで、眼の瞳孔が開き切っていました。そして狂犬のように唾を飛ばしながら、大黒くんの胸倉を掴んで、大黒くんの顔面に思っくそ頭突きをしたのです。

 大黒くんは仰け反って、鼻からぶシャアっと血を撒き散らしました。大黒くんは遠のく意識のなかで、目を半開きにしながら「死にやがれボケ」と言いました。

 ラリったアロハシャツの男は「てめえが死ぬんだよぉ、雑魚が!」と、さらに頭突きを食らわせていました。

 腰を抜かして、まる虫になっているセーラー服のおっさんは「ヒィイ!」とその様子に怖気づいているだけでした。

 大黒くんは孤独の中で願いました。祈りました。呪いました。

《みんな死んでしまえ》と。

 彼の意識の深層が、そう呟いたとき、ずぱん。と、音がして、頭突きの途中だった金髪野郎の頭が平らになりました。脳の断面が丸見えになっていました。その断面からぴゅーぴゅー血飛沫が上がって、崩れ落ちるように膝まづき、尻を突き出すようにして倒れ伏しました。

「ふぎゃあ」

 セーラー服のおっさんが、夜の街へと逃げて行きます。

「うわああん、死んじゃやだああ」

 おちんぽ丸出し少年は、暗闇の底で泣きじゃくっていました。

 そして、美少女が立っていました。

 彼女は黒いセーラー服を着ています。黒い手袋をしています。顔には暗い影が射していました。その表情は、法で裁けない悪を代わりに裁く、闇の救世主のようでした。

 夏の終わりの蝉が電柱にぶつかって、ギャギャっと喚いて地面にひっくり返り、ギャギャ。ギャンギャン。ひっくり返った蝉と、おちんぽ丸出しの少年は、いつまでも、いつまでも、いつまでも。ギャアギャア泣き喚いていました。

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