悪霊の囁き

 ぼくは時計の針が鳴り響く凍りついた暗闇を降下していきます。

 名前のない少年たちの囁きが聞こえました。


「おれとおまえが」「中1の春だった」「カムイさんは転校生だった。背が高くてひょろっとしてて髪の毛を腰まで伸ばして女みたいな顔をしていた」「親父が外科医らしい。みんなからチヤホヤされてむかつく。なにがイケメンだ」「調子づかないようにシバキ倒してやろう」「おれらはカムイさんが本屋から出るのを待ち伏せした」「カムイさんが出てきたので、後ろから後をつける」「踏切まで静かに尾行する」「黄色と黒のトラバーが降りて線路がふさがれる」「チンチンチンチンと警告音が響いている」「カムイさんに逃げ道はない」「おれらはカムイさんの買った本の袋をぶんどって中身を見た。訳の分からん哲学書と、アウシュビッツ収容所の写真集と、がんじがらめに緊縛された子供の頭が爆裂した表紙の漫画だった」「こいつはひでえや。イケメン様が、こんなものを読んでいやがる。片手でピロピロしながら」「きしししし。と、笑ってからかった。したら拳が飛んできた」「乱闘になった。おまえがカムイさんを羽交い締めにして」「おまえがカムイさんのキンタマを蹴った」「が、カムイさんは全然こたえてなかった」「おれが怯んだ瞬間、顔面にカムイさんの頭突きをくらって、手を放しちまった」「カムイさんは踏切に入ってこっちを見て笑う」「迫ってくる電車に向かって両手を広げる」「カムイさんは『ギャハハハハ』と笑っていた」「おれとおまえは目をそらした。電車が通り抜ける音だけ聞こえた」「おそるおそる」「びくびくしながら」「線路を見る」「カムイさんは冷たい線路に余裕で寝そべっていた」「生きていた」「神がかっていた」「カムイさんは空を眺めて、笑っていた。それは最高の笑顔だった」「カムイさんは太陽を掴むように片手を伸ばして、『こいよ』と言った」「おれたちはカムイさんに一生ついてこうと思った」「思ったはずだった」《なのに、どうしてかみさまはおれたちにこんな惨めな死に方をさせるのか》《かみさまはきっとおれたちの名前すら知らないんだ。ひどいかみさまだ》《だいじょうぶ、おれはおまえの名前を知っている》《おれもおまえの名前を知っているから》

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