名無しの子供たち

「やあ。久しぶり」

 振り返る。小学生の男の子が、コンビニの袋を持って、笑っている。《ウソだ!騙されちゃダメだ!》と、誰かがいった。

「どうしたんだよ。そんな物騒なコスプレして」

 コンビニの袋からビールを取り出す。ノンアルコールと書いてある。

 彼はプルタブをプシュっと開ける。それをわたしに。彼のビールにもノンアルコールと書いてあったが、彼は鉛筆で斜線を書いてノンを消す。グビグビ飲んで、ぷはっ。と、息を吐く。真っ白な頬に赤みが差す。彼はお酒に弱いのだ。

「ダチを紹介するよ」

 赤毛でツンツン頭の背の小ちゃい子が彼の後ろからひょっこり出てくる。足元に色のない黒と白のキジ猫がいる。

「こんちわっす」

「あなたは?」と、わたしは言う。

「こいつの親友です。だよな?」

 きしし。と、笑って彼を見る。

《そいつらを殺すんだ!》と、誰かの声がする。

「こいつ駅のホームで階段上がるの面倒くせえつって、電車来てんのに線路に降りて反対側のホームにつっきってさぁ。ほんとビビったよ」

「そんな危ないことしたら」ダメじゃないか。と、わたしが言おうとして、

「分かってる分かってる」と、彼が遮るように言った。

 きしし。と彼の親友が笑った

「でも、おもしろいやつなんだ。こいつはさあ」彼はその親友の頭をクシャクシャする。

「あなたに友達がいたこと知らなかった」

「ずっと遠い昔から知り合いだったんだよ。な」

「そう。胎児の頃からずっと一緒さ」

「こいつをこの白い世界に刻んでおきたいんだ」

 頬に、塩の味が伝う。

《殺すんだ!そいつらは悪魔だ!》

「こいつは小さい頃からメチャクチャだったんだ」


 家のなかでウンコ撒き散らしたり、ショウベン撒き散らしたり、やりたい放題だった。乱暴者だった。卵のたっぷり詰まったカマキリを石ですり潰すのが好きだった。近所のおばさんから、あんな子に近づいちゃダメ。と、怖がられていた。でも、そんなメチャクチャなこいつは、おれの命を救ってくれたんだ。真夏の夕方に、みんなが家に帰ってしまったあとに、公園にある遊具にシャツを引っ掛けて首を吊って死にかけているおれをこいつが助けてくれたんだ。それでおれはこいつがいい奴だって知ったんだ。おれたちは性格がまるで正反対だけど、おれはこいつのことが好きで、こいつもおれのことを好いてくれた。

 あるとき、おれがこいつと団地の公園で遊んでいるときのことだった。泣きながら公園にやってきた一人のガキがいた。そのガキはブランコを漕いでいた。そのとき、こいつはいつものようにカマキリを潰して遊んでいた。そして、そのガキはこいつのことを見て、とても切ない顔をした。こいつは、そのガキが死んでしまいそうな顔をしていたので、声をかけた。一緒に遊ぼうぜ、と。

 陽が暮れて、夜は青くなり始める。炭素棒に挟まれたオレンジの空が、一瞬の輝きを放って夜を受け入れる。こいつとそのガキは、一緒にトンボを捕まえて、羽を千切ったり、セミを潰して枝で串刺しにしたり、カエルを爆竹で焼き殺したりしていた。あいつらは残酷なことをして、心から純粋に楽しんでいた。おれは嫉妬した。おれは虫が嫌いだったから、そういうことはできなかった。それに、そういうことをするのは悪いことだと思っていた。だって、昆虫だって命がある。だから、おれはアリを踏んでもいけないと思っていた。アリにだって家族がいるんだろ? ゴキブリだってそうじゃないか。しかし、あの近所のおばさんのように、家では殺虫剤を撒き散らして卵を蓄えた害虫を惨殺しているくせに、家の外では卵を蓄えたカマキリを殺すおれの親友を気持ち悪いと言ったりするのだから、おれはもう訳がわからなかった。

 おれは何でこんなに我慢しなけりゃいけないんだろう。おれも、あいつらの輪に加わって、虫を殺して遊びたいのに。

 おれは我慢していることが全部裏目に出てしまう。正しいことをしようと思って、やりたい悪を我慢しているのに、言われのない罰をうけるんだ。だから、おれはその罰に見合うような罪を犯してやろうと思ってしまったんだ。おれはこいつが目を離したとき、そのガキの首を絞めた。本気で殺そうと思った。いままで虫も殺せなかったのに。このままやれば、本当に殺せる。あっさり殺せる。そいつはおれの顔をバンバン叩いて喘いでいた。苦しめ。もっと苦しめ。そう思ったとき、《そんなことしたらダメだ》と声がして、手を離した。ダチがおれの横に立って、おれの手を掴んでいた。《ダメだ。おまえが人を殺したらいけない》と、こいつは言った。《そんなことをしたらおまえが死んでしまう。殺すのはおれの役目だ。おまえがこのガキを殺したいのなら、おれがやってやる》おれは何度も首を横に振った。もう二度と、そんなことはしない。と、誓った。そのガキの首におれの指の痣がくっきり残っていた。そいつは、おれのことをジッと見ていた。睨んでいるわけでもなく、怒っているわけでもなく、ただ静かにおれのことを見ていた。おれが声を出す前に、こいつが、ガキに言った。「じゃあな、楽しかったよ」おれは、ダチに手を引かれて帰るべき所へ走った。おれはこいつに救われたんだ。


「その子は、あなたのイドなんでしょ?」

「おれのダチだよ。名前のない親友だ」

 彼がビールを空けるため、イッキにグイッと飲み干した。何か言いにくい話をする時、彼はいつもそうする。

「きみは、おれが拾ってきた猫のことを覚えているか?」

「あのときは、本当にごめんなさい」

「謝らなければならないのは、おれだ。おれはあんまり動物が好きじゃなかった。都営団地だから飼えないっていったのは嘘だ。ほんとは、おれも飼いたくなかったんだ」

「でも、結果的にわたしのお母さんが猫を外にだしちゃったから、猫は死んでしまった。おばあさんが撒いた薬を食べてしまって」

「あの時、猫を殺したのは婆さんじゃない。おれのダチなんだ。猫殺しを撒いたのは婆さんじゃなくて、おれの親友だったんだ。こいつは最初から子猫を殺すつもりだった。殺すつもりで、トラックの下の猫を拾ったんだ」

 喉が痛くてたまらない。

「おれはきみのことが好きだった。こいつもおれがきみのことが好きなのを知っていた。だから、こいつはおれにそのきっかけを作ったんだよ。きみが好きそうな性格を、おれに作ったんだよ。おれの親友は猫も犬も大好きで、ほんとはそんなことする奴じゃないんだ。でも、おれがきみに愛されるために、あんなことをしてしまったんだ。自分が好きだった猫を、まるで婆さんが殺したように見せかけて殺し、猫を殺された復讐というストーリーのために、婆さんの可愛がってた犬を殺した。こいつは、きみが好きそうなダークな一面をおれの中に作って見せたんだ。おれのキャラ作りのために、なんの罪もない婆さんの犬を殺した。おれは震えた。なにをやってるんだこいつは。頭がおかしいのか。おれはこいつをぶん殴ってしまった。こいつもおれに殴りかかってきた。お互いに顔がトマトみたいになるまで殴り合った。あれは、おれたちのオナニーだったんだよ。最低最悪の」


《殺すんだ!殺してくれ!ボクはそいつらを許さない!》


「おれたちは消えなきゃいけない」


 そう言って彼はコンビニの袋から銃を取り出して、自分の下顎に銃口を密着させる。

 彼のイドが泣いている。

 銃の引き金が引かれた。

 イドの頭が弾け飛んで後ろに倒れる。

 彼の口の中から葡萄酒のような血が溢れ出している。


《おれは、クズみたいな不良の中学生かもしれない。強姦魔かもしれないし、インポのネクロフィリアかもしれない。自分の意志とは関係なく、いろんな真っ暗な存在になるんだ。かといって責任を放棄するわけじゃない。それは確かに、おれ自身がやったことには違いないんだ。でもそれは好きでそうなったわけじゃなくて生まれた時からそうだったんだ。だから神がおれという人間をそのように作ったくせにおれの存在をこの世には不要だなんて神自身に言われたらおれは悲しい。神よ!なんでおれを見捨てるんだ!って喚いて、神が作ったこの世界をメチャクチャにしてやりたくなる。でもおれはそれをしない。だっておまえのことが好きだから。おれはきっとおまえに殺されるために作られたんだ。おれは幸せだ》

「このマゾ。変態」

《おれ、サディストなんだ》

「知ってる。わたしのこと、こんなに酷い目に合わせて喜んでる」

《きみのことが好きだからさ》

「わたしはあなたのそういうところが嫌い」

《泣くなよ。この世界は、全部、デタラメだ。嘘なんだ》彼がわたしの頬に触れる。《それでも、おれはおまえのこと好きだったと思うんだ。たとえこの世界のすべてが偽物でもおれはおまえのことが好きだったと思うんだ》

 彼はわたしの手をとって血まみれの鉛筆で絵を描く。

 六芒星の絵を描く。消えない鉛筆で。

《困ったときのおまじないだ》

 彼がニコッと笑う。

 白い世界の壁が崩れてしまう。

 もう彼の声が聞こえない。あなたの名前を教えて欲しいのに。

 くちびるの動きだけが、


 白い世界が粉々になって、青い空に吸い込まれていく。

 空に白い雲が、V。という字を残して。

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