無邪気な復讐

 どうした大丈夫か?

 と、大黒アキラが言った気がして、「大丈夫。なんでもないわ」とわたしは言った。


「ここはどこなんだ? あいつらはどこに?」


 男子トイレの壁の穴から飛び降りると、真っ白な空間が広がっていた。白いラインの引かれた校庭と、無機質な学校の校舎だけがあって、校舎の時計の針が、0:00で止まっている。それ以外には何も存在しない。空もない。太陽もない。月もない。


「ちくしょう。逃しはしない」と、大黒アキラが言った。「ボクは奴らを地獄の底まで追い詰めてやる」


 安っぽい。ペラペラなセリフだった。


「あいつ! バラバラになって死んだはずなのに。どうしてあんなバカなことが。ちくしょう。化け物だったんだ。あいつは」


 大黒アキラが頭を抱えてしゃがみこむ。

 あは。と、わたしは笑ってしまった。こんなブルセラショップで売ってるようなセーラー服を着て、黒い手袋をはめて、踵にブレードが仕込まれたブーツを履いて、闇の仕置人を気取って罪人を処刑しているわたしの存在もまた、気色の悪い化け物じゃないか。おかしくて笑ってしまう。反吐がでる。吐き気がする。気持ちが悪い。


「いったい、なにが起こってるのか、さっぱり分からない。妹が死んでしまってから、ボクはなにもかもわからなくなってしまった」


 大黒アキラの妹は不良たちに輪姦されて自殺をした。兄である彼は、その復讐のために、法で裁けない悪を裁くと噂される裏社会の組織に、極悪非道な不良たちの殺害を依頼した。

 わたしはビジネスライクに金をもらい受け、金さえ受け取れば、その復讐を代行する。ただし。そう、いつだってただし書きがある。ビジネスライクと言いつつ、実はそうではない。その復讐が大多数の人間にとって共感できるようなものでなければならなかった。大多数に認められる復讐が、刑の執行の条件だった。輪姦された妹の自殺という出来事に対する復讐行為は、果たして大多数に受け入れられるだろうか。しかし、わたし個人としては大多数の共感などは、どうでも良かった。

 わたしは今一度、大黒アキラに聞いた。


「あなたにとって、罪とはなに?」

「罪のない人間を死に追いやることだ」

「その罪人を殺す罪についてはどう思うっているの?」

「奴らは死んで当然の人間だ。社会にとっての害悪だ。もちろん、ボクの復讐行為も罪だってことはわかってる」

「本当に分かっている?」

「分かっている。たとえ、自分の体が血塗られようとも奴らを殺す。罪を背負ってでも奴を殺す。ボクも罪人だ。殺したい殺したい殺したい!」

「どうして、そんなに殺したいの?」

「憎いからだ。悔しいからだ。ボクの妹を奪ったからだ」

「あなたの妹は、あなたのものだったの?」

「違う!違う!今のは言い間違えただけだ。妹は妹だ。ボクの所有物じゃないのは分かってる!でも、悔しいんだ。妹はきっと苦しんでいたに違いないんだ。ぼくはその苦しみを引き受けたい。引き受けて、妹が悔しがっていたであろう、その最後の気持ちを奴らに叩きつけてやりたい。それは間違っていることなのか」

「論理が破綻している。『死んだ妹さんはこんなことをしても悲しむだけだ』とあのクソ野郎に言われたあなたは『死んだ妹は悲しまない』と言ったはずよ。確かにあなたの妹は死んだので悲しまない。であれば、その悲しみを引き受けようがない。だから、あなたの妹の苦しみを引き受けるというのは間違っている。あなたは妹に物語を見出して、その自己陶酔のために奴らに復讐している。だとしても、わたしはそれを否定しない。人間はだれでも物語の中に生きているから仕方がない。その過ちに気づいてなお、ジャンキーのようにエンドルフィンを求めて生理的にやらざるを得ないというのならわたしは否定しない。糞を我慢できないように、糞をするのと同じように奴らを殺すというのなら何も言わない。それはペド公のおっさんが三歳の幼児を殺すのと根本的には同じことなのだけれど、もし、それと同じことであると認識したうえで人を殺すというのであれば、わたしはそれを拒否しない。復讐に陶酔することなく、ウンコをするように、息をするように人を殺すと宣言し、あなた自身も社会の害悪だと自覚するなら、その罪悪を報酬として、わたしは復讐を執行する」


「ボクは悪魔にだって魂を売る」と、彼は言った。でも、たぶん、彼はその意味を分かっていない。

 けれども、この大黒アキラもまた、おまえに良いように操られた一つの駒でしかないことを、わたしは知っている。おい、聞いているのだろう? わたしたちをこの白い空間に閉じ込めて、おまえはほくそ笑んでいるのだろう? 最低だ。おまえは、最低だ! おまえは大黒アキラに、チラシの裏に書けばいいような復讐心を植え付けて楽しんでいる。おまえは大黒アキラを誘惑した。何の罪もない大黒アキラに、大きな過ちを犯させるために果実をぶら下げたのだ。


 大黒アキラが泣いている。でっちあげの復讐心は長くは持たない。彼の意識は罪悪感のために、壊れてしまいそうだった。わたしは彼をこの世界に繋ぎとめておくために、以下のような説明をした。


 あなたも知っている通り、わたしたちの組織の名前はSCHIZOシゾ。法で裁けない悪を金で殺すという看板のもとに残虐非道なクソ外道を処刑している。

 けれど、実際は違う。それは表向きの理由。いや、裏向きかな? 

 まあどちらにせよ。わたしたちの本当の正体は天使なの。わたしたちは、悪魔に取り憑かれた人間を処刑するために、活動をしている。でも、人間の生活を天使と悪魔の戦いによってかき乱すことは、神の命令によって禁止されていたので人間の体を借りてこうして、悪魔狩りをしていた。

 しかし、その悪魔と呼ばれる存在は、もとは神の恩寵を受けた大天使だった。その天使は、悪魔と名付けられる前は、誰よりも勇敢で美しい天使だった。ところが、ある日、一人の天使の頭から、奇妙な天使が生まれてしまった。その天使はどの天使たちよりも美しかったのだけれど、禍々しい山羊の角を額に生やしていた。その美しくもおぞましい女の天使を生み出した彼は、その禍々しい美しさを愛してしまった。清廉潔白な天使よりも、醜悪な角を生やした彼女は遥かに魅力的だった。

 その醜い天使は女性でありながら、男性器と女性器を持ち合わせていた。そしてありとあらゆる天使たちと姦淫を犯した。真っ白な天使たちを誘惑して、破廉恥な行為を行った。そして、それを咎める清廉な天使たちの腸をそのおぞましい角で抉って殺戮した。彼女は秩序を乱す混沌の天使だった。そして、神は苦渋の決断をした。神はその天使を処刑することにした。彼女を生み出した天使に対して、自ら混沌の天使を処刑するように迫った。

 彼はそれに対して叛逆した。自分が間違っていることを知りながら、自分が生み出した混沌の天使を殺すことができなかった。彼は混沌の天使に誘惑された天使たちを率いて、天界であらゆる悪逆を尽くして、地獄に落ちていった。

 地獄に落ちた天使たちは、復讐を誓った。負けると分かっていたけれど、復讐せずにはいられなかった。彼らは神がもっとも嫌っている行為が何かを考えた。ちょうどそのとき、神は人間を創造したばかりだった。善も悪もない真っ新な大地の上に、男と女の人間をお創りになった。そこで、地獄に落ちた天使は、悪魔の姿となって、人間を誘惑した。人間たちに善悪を教えた。善と悪のルールを教えて、「正しいことをしなければお前たちはおれたちのように神に処罰される」と脅した。それだけで十分だった。人間は正しいことが何かを知ってしまったが故に、罰を受ける羽目になった。

 人間を誘惑した悪魔たちは、神の怒りに触れて、氷漬けにされて人間たちの住まう大地の奥底に封印された。氷のなかで長い長い眠りについた。

 ところが、近年、その悪魔たちが目を覚ました。

 悪魔たちは、再び人間たちを誘惑するため、行動を開始した。今度は、神が作った人間を神の手によって抹殺させようと考えた。それは、神が叛逆の天使にさせようとしたことと同じ行為だった。自分が受けた屈辱を、同じように神に味わわせてやろう。


「こうして、気の遠くなるような時を経て、悪魔たちはいま、それを実行しているの。

 悪魔たちは、人間の意識に寄生して悪逆な行為をさせて世界を混沌の渦に巻き込もうとしている。そして、わたしは神が遣わした天使で、悪魔に取り憑かれた人間を殺さなくてはならない。

 だから、アキラ、あなたには悪魔に魂を売るなんてことは言わないで欲しいの。もしそんなことになったら、わたしは、あなたを殺さなければならない」


「やっぱりあいつらは悪魔だったのか」


 大黒アキラは自分に言い聞かせるように呟いた。意識の断片が再び統合して、崩壊を免れた。まだ子供なのだ。この子は。と、わたしは思った。っていうか、わたしも子どもだ。しかし、わたしは本当に子どもだったのだろうか。

 今度は、わたしの頭がおかしくなってしまいそうだ。

 だが、わたしはおまえの誘惑には屈しない。

 それに、あんまり頭を悩ませて、おまえを楽しませるのも癪だ。

 早く、この真っ白な世界から抜け出さなければ。

「この白い空間は悪魔が作った幻影なのか?」

 大黒アキラが言った。

「たぶん、そう。悪魔はわたしたちに幻影を見せて誘惑をしている。どんな幻影を見せられても、すべて偽物。だから絶対に騙されてはダメよ」

 と、わたしは言った。

 そして、後ろから声がした。

 あの、名前のない男の子の声が。

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