049-3
【貴様! なんでここにいる!】
返事を聞く前にキュクロプスは、肩に乗ったままのりおなを左腕の鎌で力任せに斬りつける。
が、りおなはキュクロプスの背中に逃げた。
「りおな!」
陽子は叫びながら下を確認するが、それらしい人影は見えない。ヒルンドは絡みついていた触腕を振り払って上空に逃走する。
アスファルトに刺さるようにキュクロプスが着地した。頭部を動かして辺りを見回すが、どこにもりおなの姿が見当たらない。
【どこに行った、ソーイングフェンサー! 逃げる準備でも始めたか!?】
「そんながならんでもここに
キュクロプスが振り向くがやはり人影はない。
「ここじゃ、ここ」
当のりおなはキュクロプスのわき腹に
キュクロプスが上体を回して振り払おうとするが、それより先にりおなはヒュージレンチを大振りしてキュクロプスの胴体に一撃見舞う。
鈍い音を立てて搭乗用のハッチが震えたが、有効打は与えられない。りおなは身を翻し距離を置く。
【なんだ貴様!? そのふざけた能力は! なんでこのキュクロプスの機体に引っ付いているんだ!?】
「今のアンタが言うな、金ピカロボのくせに手足バラバラに変形しやがって。
誰がどう見てもいいもんには見えん、合体ロボ怪人じゃ!」
りおなは駆け出し、ショッピングモールの壁を垂直に走って登っていく。
――この能力は『ギミック・ミミックス』のうちの
手のひらと靴底限定だけやけど、壁とか天井にくっつけられるし走るのも簡単。
最初は地味やと思ったけんど、『使い方ひとつで戦況は変えられます』とかチーフは言っとったな、まあ不意打ち効果は確かにあった。
「こうなったら、作戦変更じゃ」
りおなは右手にレイピア、左手に巨大なレンチを構える。
――今、何回でも『種』を金ピカロボから切り離しても
手間はかかるけんど、キュクロプス本体を叩く。
それか操縦しとるオームラを、コックピットから引きはがしたほうが確実に行動不能にできるっちゃ。
昨日の晩陽子と一緒にシミュレーションした模擬戦とは勝手が違うけど、予定通りに行かないのはいつものことじゃ。
「必殺技はともかくまだ見せてない
ここはボス戦らしくHPガリガリ削っちゃるわ」
りおなは腰をひねって体重を乗せ、再び自分の肩ほどまでもある大きさのレンチを巨大な異形の腹部に叩きつけた。
◆
「ふぅ、なんだっておれがこんな目に合ってるんだ? 本社部長命令とはいえこんな横暴もうこりごりだよ」
Voisterous,Ⅴ,Cの南のはずれの駐車場に巨大トレーラーを駐車した。
ブルドッグの顔の運転手はようやく一息つき、缶コーヒーを一口飲んだ。
すぐ近くには何かのイベントでもあるのだろうか、アイボリーのクマのスタフ族の一団が大勢駐車場に集まっている。
まあ、お祭り騒ぎの好きな連中が多く集まる街だ。
事前に予定がなくても、何かのきっかけで突発的な催しを開くのはそう珍しいことではない。
「それより、心配なのはあのキュクロプスとかいう、ヒュージティングだよなあ……」
大きなハンドルにあごを乗せ、運転手はひとりごちた。
「田舎の『ノービスタウン』よりさらに南に、あんなデカいティング族を運べだって? 悪いがもうイヤだ。だれか運転代わってくれねえかなあ」
――でもそうできないのは、おれが一番よくよく知ってんだよなあ。
本社の、それも部長クラスの命令に背いたら当然みたいに職場に連絡が行く。
そうしたら最悪の場合おれはくびだ。
いくら給料がいいったって、Rudibulium本社からの命令ってのは、かなりのリスクが付き物っていうのはわかってはいたけどなあ。
「でも、ここで降りるわけにはいかないよなあ」
運転手はダッシュボードにいつも置いてある写真を手に取る。そこには彼の妻と、生まれたばかりの三人の子供の姿があった。
――確かに大叢部長の態度や言動には耐えられるもんじゃないけど、自分には守るものがある。
搬送先でキュクロプスが『開拓村』を襲うって話だけど、いくらなんでもスタフ族そのものは襲わないだろ。
最悪、燃料切れとか何とか言ってごまかせば、大叢部長にも一応の義理は立つ。
まずはこの仕事をやり遂げないとな。
そう決心した運転手がコーヒーを飲み終えると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「あのーすいません、このトレーラー、大叢部長のキュクロプスを『開拓叢』に運ぶんですよねーー」
変に間延びした声に運転手がウインドウを開け下を見下ろすと、そこには人間の美少女のような人形、フィギ族らしい人形が立っていた。
妙に人懐こい笑顔でフィギ族の女性は話を続ける。
「わたしぃ、Rudiblium本社の本社勤務で天野って言います。このトレーラーってそちらの会社の物ですよね?
このトレーラー丸ごと買い取りますからぁ、私に譲ってもらえますぅ? もちろんそちらの社長には話はつけてありますからぁ、降りちゃってください。
キュクロプスの搬送はこっちで引き受けますから」
その申し出は運転手にとってまさに渡りに舟だった。
運転手は写真など私物を全部手に取る。そして表面上は申し訳なさそうに、それでも内心小躍りしたい気分で運転席を降りた。
天野と名乗った本社のフィギ族は、にこやかな表情のまま運転席に乗り込むでもなく、運転手にぺこりと頭を下げる。その足元にはアタッシュケースが置いてあった。
運転手は軽い足取りで駐車場を離れた。
――これでめんどうな仕事から解放される。そうだ、会社に一本連絡を入れておかないと。
そう考えてつなぎのポケットから携帯電話を取り出した。
耳にあてた瞬間、彼の背後から耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
運転手は反射的に振り向くとそこにはあるはずのない光景が広がっていた。
トレーラーが爆音を上げ駐車場からまた街の中央に向けて走り出した。運転手がトレーラーの中を見ると無人のままトレーラーは走り出していた。
そのフォルムは先ほどとあまりに違う。
長方形のフロントガラスは外敵を威嚇する野獣のように両端が大きく吊り上がる。
排気するマフラーが太く長く伸び、大気上空へ黒煙を吹き上げていた。
そして、ルーフ部分には……本社勤務の天野というフィギ族に似た
そのわきには植物の葉とも
ブルドッグ顔の運転手はトレーラーの変貌ぶりよりも、その無害そうな笑顔に戦慄させられた。
と、同時に知らなかったとはいえ、たやすくトレーラーを明け渡してしまったことを激しく後悔する。
あれは、キュクロプスに更なる破壊の力をもたらすための悪魔の道具だと。
一方、ルーフに腰かけて足をぶらぶらさせながら天野は嬉しそうにつぶやいた。
「やっぱりパーティーにはちゃんとしたエスコート役がいないとねー。
がーんばってねーー、キュクロプスちゃん」
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