048-1 巨 人 cyclops

「あんにゃろめ、来てほしくない時に限ってやって来るにゃーー。

 ……それより、まずはこっちか」


 りおなはソーイングレイピアを構えた。

 大叢たちが残していった合金製のヒグマのロボット、ヴァイスアロイ・グリズリーを注視する。

 形の上とはいえ大叢という主を失ったヴァイスは、両腕を頭より高く上げて吠え出し、りおなを威嚇してきた。

 その咆哮でネコ耳や頬が震えるのを感じながら、冷静に相手の装備や装甲を観察して戦術を組み立てる。


 ――胴体は関節が全然ないけど、腕が全部金属製の輪っかが連なった状態じゃな。

 クマの腕っちゅうよっか、洗濯機の排水パイプみたいにくねくね動かせるんか。

 その先は金属製やけど、いわゆる『クマの手』のでっかい前足じゃ。

 身体全体がまずまずカタイけ、剣は通じんじゃろ。この手の鉄製のは動きが遅いってのがセオリーじゃけど。


 りおなは駆け足でチーフたちがいるハイエースから距離を置くと、ヴァイスアロイ・グリズリーは大きな足で踏み込み、りおなに一気に距離を詰めた。

 そして上体をそらし右腕を振りかぶった。

 次の瞬間腕が鞭のようにしなり一気に伸ばしてくる。

 りおなはガードせずサイドステップでかわすと、伸びた腕はりおなを追跡し目の前で鋭い爪を伸ばした。


「やっぱし伸びんのか」


 一本一本がピッケルのように太く鋭い爪をレイピアで受けた。りおなは、ジャンプでさらに距離を取った。

「なかなか強敵じゃけどあんたで時間取るわけにはいけんけ。一気に決めさせてもらうわ。

 『トリッキー・トリート、パインショット!』」


 りおなが唱えるとソーイングレイピアの剣針が帯電したように輝きだす。りおなは相手の隙をうかがおうと緩急をつけて距離を保つ。

 その時ヴァイスアロイは左手をりおなに向けた。その向けられた指先と悪意に背筋が冷たくなったが、りおなは最後の文言を唱えた。


「プラズマ・パインショット!」


 りおなが唱えると、同時に高速回転する『心の光』で生成された巨大な輪切りパインが5枚、レイピアから射出された。

 奇妙な魔法弾は全て鋼鉄のヒグマに当たり、全身に強い電流が走る。

 反撃とばかりにヴァイスアロイの左手が火を吹いた。高速で弾丸がりおなめがけて飛んでくる。


「『スプリット・グミショット!』」

 りおなはさらに魔法を唱える。大量の巨大グミを散弾のように撃ち出し、弾幕を張って相手の攻撃を相殺した。

 ヴァイスアロイは身体のあちこちから煙が出て、痺れたように動きが鈍る。

 りおなは一気にヒグマののど元まで距離を詰めて真下から首を突く。


 ヴァイスフィギュアよりは硬いが確かに手応えがあった。刺した部分から厖大なオレンジ色の粒子が吹き上がる。

 ものの数秒も経つとヴァイスアロイは元の金属製のロボットに戻った。りおなは小さくガッツポーズをする。


「おっしゃ、ロボクマ君ゲット! これは結構いいデザインだにゃー。ヴァイスにしておくには惜しいわ」


 りおなはチーフたちがいるハイエースに向かう。どうやら全員無事のようだ。

「彼らは本社ビルに向かいました。りおなさん、後を追いましょう」


「うん。ちゅうかチーフ、あの瞬間移動ポータルじゃったっけ? あの能力ってりおなには付けられんの?」


「我々が知っているのは一部〈冒険者〉の保険用で、ダンジョンや主要な街の出入り口に限定されますからね。

 天野が使用しているの任意の場所に行けるというのは、まだ開発されていません」


「んーーそうか。自分で持っとけば、学校に遅刻せんで済むんじゃがのう」


「りおなさん、そんなことよりはりこグマは?」

「ほんもののはりこグマはどこですか?」


 双子に尋ねられてりおなは我に返る。双子はハイエースの中で、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。

 ――ああーーそうじゃった、二人には悪いことしたのう。


「おじーちゃん、なんでだまってたんですか!?」

「なんでわたしたちまでだましたんですか!?」


 孫ふたりにステレオで責められた部長は、ハイエースの奥に縮こまる。そこへチーフが助け舟を出した。


「申し訳ないです、古来より『敵をあざむくならまずは味方から』と言いますから。

 はりこグマはBoisterous,V,Cのホテルにエムクマといます。

 他のぬいぐるみをないがしろにするつもりは全くないですが、はりこグマは開拓村、そしてカンパニーシステムの要ですからね、こうしてジゼポに影武者になってもらったわけです」


「その開拓村じゃけど、あの金ピカロボ輸送してめちゃくちゃにするとか言うちょったけど、ここで待った方がいいじゃろか。

 それともヒトの無いとこ行って、オームラやっつけたほうがいいかのう?」


 りおなの懸念材料はそこにある。

 仮にこの本社近辺で戦えばビル街に、本社の企業都市を出れば工業コンビナートに、Boisterous,V,Cまで誘導すればそこの住人たちや建物に甚大な被害が出る。

 ――被害を最小限に、っていうんはなってほしいけど、ただのきれいごとじゃな。


 実際自分たちが知らんうちに、貧乏クジを引かされた側はたまったもんじゃないけんね。

 住んでるひとらがいいひとならなおさら、こっちが悪いことしとる気分になるし。

 本社ビルアナウンスしてもらって、この周りの社員さんらを避難さしてもらうか。

 それともトレーラーを先に、Rudiblium本社から出してまうか。


 りおなが思案するより先に、事態は取り返しがつかない方向に動いていた。



   ◆



「まずはあのソーイングフェンサーのチビだ! あいつを叩き潰さない事にはRudibliumに未来は無い!」


 大叢は激昂し、何かを踏みにじるように靴底をアスファルトにこすりつける。

 Rudiblium本社一階の裏口側、格納庫ハンガーの搬出入口に大叢や天野、それに開発部門の芹沢、五十嵐、それに三浦が集められていた。

 そこに重機用のクレーン車が、アウトリガを張り出して据えられていた。芹沢は巨大なシャッター前で大叢に説明する。


「大叢部長、既にシャッター奥にムーバブル・ヒュージティングを待機させています。

 あとはトレーラーをバックで搬入口に入れればクレーンで吊り上げ輸送が可能です。

 トレーラーはもうすぐ――」


 芹沢の説明を大叢が遮った。

「クレーンで吊り上げ!? そんな悠長なの待ってられるか! 俺が直接ヒュージティングに乗り込む!

 シャッターを開けろ!」


 芹沢に促された三浦は恐る恐るボタン操作してシャッターを開ける。内側には平たい貨車の上に横たわった合金製の巨人の姿があった。

 大叢は中に入り大声を上げる。

「おい、上半身だけ起こして胸のハッチを開けろ! 俺が直接乗り込む!」


 芹沢は目を細め、タブレット端末を操作した。

 無骨なライトに照らされた金色の機体の上体がゆっくりと起き上がり、胸部のハッチの両側の油圧シリンダーが伸びた。

 中に一人乗りのコックピットがある。

 大叢はアタッシュケースを二つ持ってコックピットに乗り込み、そのままハッチを閉めた。


【大叢部長、中に入ってからは通信は通話にてお願いします。向かって右側にスマートフォンを設置してありますので――】

【そんな悠長なことはいい! これで十分だ!】


 大叢は内部通話を使わず直接外部スピーカーでがなる。無機質な格納庫に割れんばかりの声が響いた。

 間もなくヒュージティングの腕がゆっくりと動く。その様子は初めて自我が芽生えた子供のようだった。

【うん、マニピュレーターがこうで、両足は……こうか。なるほど、慣れてしまえば自動車より簡単だな】

 ヒュージティングは貨車から降りた。衝撃音が響き芹沢たちは後ずさるが、搭乗者の大叢は気にも留めずに搬入口を出る。

 そこへ駐車場でくるくると踊っていた天野が、大叢に能天気な提案をする。


「おおむらぶちょー、いつまでも『ひゅーじてぃんぐ』っていう呼び方だと味気ないですからーー、何か名前つけたらどーーですかぁ?」

 何をバカな、と五十嵐はわずかに顔をゆがめたが声には出さずにいる。

 ヒュージティングの搭乗者は我が意を得たりとばかりに、外部スピーカーで歓声を上げる。


【そうだな、言われてみればその通りだ。古い秩序を壊してRudibliumを革新させるんだ、新しい名前が必要だな。

 ……おい芹沢、何かいい名前は無いか?】


 芹沢は表情を全く変えず即答する。


【では、『キュクロプス』というのはどうでしょう】

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