047-2

「これで四対四じゃ、どうする? 逃げるか?」


「ふん、そうでなければ張り合いが無い。行け! ヴァイスフィギュア!」


 大叢が声を張り上げると、ハリネズミにリクガメ、ダイオウグソクムシのヴァイスフィギュアは一斉にりおなめがけて襲いかかってきた。

 合金製のヒグマのヴァイスは、大叢を守るようにその場を離れない。


 一方のりおなは大叢の掛け声を聞いて、心の中であきれ返る。

 ――そのセリフはまんま悪役じゃ。

 まあ、りおなにケンカ吹っかけてきた時点で悪役決定じゃがな。


 後退し目を閉じて、ソーイングレイピアの鍔の部分を額に当てる。

 頭の中にいきなり、ヴァーレットたちの視界が三人分同時に映し出された。


 ――ぅお! これがいつぞやチーフが言ってた、分散入力とかいうやつか。

 言われとらんと確かにびっくりするわ。んでも、ちゃんと準備はしとるさけな。

 ……えーと、そうそう並列処理へーれつしょりじゃ。

 『情報を制する者がすべてを制する』じゃ!


 少し驚いたがりおなは呼吸を整え、三人に脳内で指示を送る。


 ――まずカエル君があのハリネズミ、トカゲ君がアメリカの忍者みたいなやつ、んでサカナ君が、あのでっかいダンゴムシの相手して。

 あとそうだ、できればサカナ君は解ったら『ギョギョ』って返事してーー。


 りおなの無言の問いかけに、ヴァーレットフィッシュマンはりおなに向き直った。エラをぱくぱくと開閉させる。

 ――……ちゃんと意思疎通はできてるようじゃけんど、元のデザインがデザインじゃからなあ。


「やっぱししゃべらんのかい」


 ヴァイスフィギュアたちは手始めに、自分たちを遮るヴァーレットたちを攻撃しだした。

 りおなの従者ヴァーレットたちは臆することなく応戦する。


 ビル街の間を通る片側二車線の車道はすぐに混戦状態となった。

 ヘッジホッグマンハリネズミの鋭い爪を、フロッグマンは高い跳躍でかわした。

 吸盤で視界を遮りつつ腹部を攻撃し、リザードマンはタートルヘッドの甲羅以外の比較的柔らかい部分を正確に突いていた。


「ううむ、圧倒的ではないかわが軍は」

 りおなは少し感心する。自分で言ったほど一方的にしてはいないが、チーフの説明通り確かに善戦している。


 だが、フィッシュマンとジャイアント・アイソポッド、ダイオウグソクムシヴァイスの戦いは、とても見られたものではなかった。


 直立歩行するダイオウグソクムシの数えきれないほどの節足が、一斉にうごめくのをフィッシュマンが不規則な動きでよけて回る。

 ダイオウグソクムシヴァイスは走って追いかけるが、すんでのところでかわされる。

 ――完全に膠着こうちゃく状態状態、ちゅうより怪人たちの追いかけっこにしか見えんわーーーー。

 んでも本人らぁは至って真剣に攻撃したり避けたりしとるけど……怪人コントにしか見えんわ。


「……サカナ君は後で加勢してやらにゃいけんな」


 りおなはヴァーレットやヴァイスの間を縫うように移動しつつ、タイガーヘッドとタートルヘッドののど元を瞬時に切り裂く。

 曇天模様の空の元、オレンジ色の粒子が虚空に吹き上がった。


「さて、と」

 りおなが脇を見やると、まだフィッシュマンはまだ不毛な逃走劇を続けていた。


「……おーーい、サカナくーーん。逃げ足速いのわかったけんはんげきしてくれーーーー」

 りおなが脱力してツッコむと、フィッシュマンはダイオウグソクムシヴァイスの胴体に体当たりをしかけた。

 が、相手の太い両腕に掴まれた。その後無数の節足に絡め取られ頭をかじられる。

 それと同時に二本の長い触角が無遠慮にフィッシュマンの身体を撫で回し始めた。

 りおなは反射的に悲鳴を上げる。


「ギャーーーーッ! りおながやられとるわけじゃないけど、気持ち悪い! サカナ君、逃げて! 逃げて!」


 フィッシュマンは身をよじって逃げようとするが、身体全体をがっちりつかまれて動けない。

 りおなはダイオウグソクムシヴァイスに近づきながら、レイピアの鍔を額につけ念じる。

 すぐにフロッグマンとリザードマンが加勢に入るが、いくら攻撃しても硬い外装はびくともしない。


 りおなはフィッシュマンにまとわりついている節足、そして腕を斬りつけるとダイオウグソクムシヴァイスは、上体を反らしてのけぞる。

 とどめの一撃を胸に撃ち込むと、悪意に満ちたヴァイスは元の大きさのフィギュアに戻った。

 りおなはフィギュアを拾うと大叢をレイピアで指す。


「さて、これで四対二じゃけど続けるけ?」




 大叢は少しの間逡巡していた。

 まだアタッシュケースには悪意を注入されていないフィギュアと、天野に渡された『ミュータブルシード』は十分にある。

 今倒されたヴァイスの損害は微々たるものだと言っていい。


 だが、眼前の相手は自分と同じか、それ以上に予備戦力を持っている。なぜかそう思えてならなかった。

 ここで総力戦を挑むべきか? 目の前の敵は自分が放って元に戻ったフィギュアを拾って懐に入れている。それを見た時また怒りが噴き出してきた。


「おい! それはRudibliumのヴァイスフィギュアだ! お前は火事場泥棒か!? 勝手に拾うな!」


 怒鳴られたりおなは悪びれる様子もなく、元に戻った人形やハリネズミのぬいぐるみを拾い上げる。


「ここは火事場やないけん、拾おうがどうしようがりおなの勝手じゃ。

 それに一回『悪意』抜かれた人形はまたヴァイスに戻すのって、新規で創るより手間ひまとカネかかるんじゃろ? 会社経費じゃなく自分のカネで立て替えるんか?」


 ――この情報はチーフからの請け売りじゃけどな。

 ヴァイスフィギュアは未完成で、まだ開発の余地がけっこうあるらしいけんど、

 言い換えたら、周りに攻撃仕掛ける武器とか兵器開発しとるのとおなしじゃからな。

 本社勤めの頃はチーフ本人が、ヴァイスフィギュア開発担当だったらしいし。


 んだけど、開発を進めてくうちに人間に敵対して、この世界Rudibliumの大本を揺るがしかねん研究をチーフが見限ったらしいにゃ。

 わざとヴァイス開発をストップ、混乱さした上で会社に しんたいうかがい 出したって。


 んで、チーフを危険だって判断した上のひとらから、本社の追い出し部屋に入れられそうになる。その前に極東支部を立ち上げた。

 ほいでから、その後チーフの後を追って部長と課長が極東支部に移った。


 それと同じ時期くらいに『縫神の主』とおんなしか、それ以上の能力ちからを人間界の少女に与えるトランスフォンの情報を手に入れて、開発したとかじゃったな。

 まったく迷惑な話じゃ。


 はっきり聞いたわけではないんじゃが、断片的に聞いた話をまとめっととそんな流れらしいにゃ。


 逆に考えると、チーフがヴァイス開発をそのまま続けてて、イザワに加担した状態じゃったら……。

 日本、ってか人間世界はソーイングレイピアが無い状態で怪人フィギュアと戦うことになってたろうし。


 

 ヴァイスたちに普通の武器が全く効かないわけではなく、例えば対戦車兵器などで攻撃すれば本体は破壊できるらしい。

 ただその場合、注入された悪意は空中に飛散し人間世界は確たる測定方法や自覚症状もなく直接悪意に汚染される。


 ――じゃからこそソーイングレイピアを使って水際で叩くんが、遠回りやけど確実な方法だってこんこんといわれたにゃあ。

 その情報聞かされても、りおなの負担が減るわけでもないんじゃが。


 りおなにとってRudiblium製のフィギュアのヴァイス化が一回だけというのがまだ救いだった。


 ――特撮番組の再生怪人みたく、何度も三度も復活さして攻撃してきたら目も当てられんにゃ。


 原因ははっきりしていないが、本社ビル上空には相当量の目に見える『悪意』がある。りおなにとっては大叢よりもそちらのほうが脅威だった。

 りおなの言を受けて大叢は鼻を鳴らす。


「ふん、そんなことするわけないだろう? 俺には指示、命令を聞く部下共がゴロゴロいる。そいつらに声をかければヴァイスなんていくらでも創れる。

 もっとも今お前に倒されたヴァイスは失敗作だがな。火事場泥棒といったことだけは撤回する。

 どうか持っていけ、役に立つならな!」


 りおなはその言い草に心底呆れかえる。

 ――ヴァイスフィギュアはもちろんあかんことやけど、自分で終わらした仕事なんてなんもないじゃろ。さも自分の手柄みたいに吹いて回っとる。

 ばーーり、腹のとうが……。


 りおなは少し頭が痛くなってきた。


 ヴァーレットたちを扇状に配置して牽制しながら、りおなは自分の目に意識を集中させる。

 コンタクトレンズの表示を視点操作してチーフたちの現在地を知るためだ。


 思った通りチーフと課長は部長たちと合流してこちらに向かっている。時間にしてあと3分ほどでこちらに来るだろう。


 ――んじゃ、ちょっと時間稼ぐか。


 りおなは懐からリクガメヴァイスだった人形を取り出す。


「アンタが失敗作って言っとった人形、さっそく役に立たさしてもらうわ」

 カメの人形を放り投げつつレイピアを高く掲げて一声叫ぶ。


「サモン・ヴァーレット!」


 瞬時に先ほどと同じくタートルヘッドが巨大化して着地した。

 手には甲羅を模した鎖つきの巨大な鉄球を持っていた。これにはりおなも少し驚く。


「おーー! 鉄球装備じゃーー。1グループ攻撃できるぞーー!」


「なっ! 卑怯だぞ! 返せ!」


「卑怯とか言うんは、卑怯モンが真っ先にいうセリフじゃ!」


 遠くからのエンジン音を確認したりおなは装備を暗黒召喚士ダークサモナーから初期装備ファーストイシューに変更した。

 ヴァーレットたちはりおなの元に駆け寄り元のサイズに戻る。それを見た大叢は俄然強気になった。


「どうした? 今になってフィギュアが惜しくなったか!」


「いや、役者がそろったから退げただけじゃ」


 その時白いハイエースが細い路地から現れりおなたちの所に停車した。助手席からチーフが現れる。


「りおなさん、お疲れ様です」


「うん、冗談抜きでアイツと話しすんの疲れた。チーフ代わって」


「ええ、それからこれが部長から預かっている新しい型紙ステンシルです。

 今は難しいでしょうが時間を確保して創りましょう」


「時間確保する頃には、みんな終わっとると思うけど」

 りおなは本音をもらしながらも、二枚の折りたたまれた紙片を受け取る。


 ハイエースの中を見ると、部長だけでなくアイボリーホワイトのクマ、それに双子たちも無事のようだ。ガラス越しにりおなに手を振っている。


 そこへ大叢が声を張り上げてきた。



「どうやらおとなしく投降するようだな。さあ、おとなしくはりこグマをこちらによこせ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る