043-1 出 撃 sortie

 りおなはその朝早くに目覚めた。

 ――なんじゃ? いつもと違ってなんか顔がぴりぴりする。あーー、いてて。

 身体もなんかあっついわ、筋肉痛ってかじんじんする。


 いつもの習慣で窓のカーテンを勢いよく開けると、窓からの景色は濃い紺色から淡いブルーにゆっくりとグラデーションを経て、色が変わっていく。


 ――あーー、おもちゃの街が動いとる、すごい活気だにゃーー。

 その景色を眺めながらりおなはなんとなく居心地の悪さを覚えていた。その原因を探るべく昨日の記憶をさかのぼる。


 ――昨日は朝から『作戦』のために、ソーイングレイピアでがっつり仕事しとったわ。

 休憩っていってもごはんくらいで、大車輪で仕上げた、そこまでは覚えとる。

 そのあと、英気を養うために街に出たんじゃったよな? 『お疲れ焼き肉』をみんなで――――


「ああーー、そうじゃったーー……」


 ――居心地悪い感じはあれのせいじゃったかーー、陽子むこうもそうじゃけんど、りおなはりおなでだいぶストレスが溜まってたみたいやな……。

 だからって今の今謝る気にもなれんし。

 これはーー、あれだ、喧嘩両成敗じゃな。もし気まずい雰囲気続くようじゃったら、チーフか課長に間に入ってもらおう。


 りおなが朝焼けを待ち構えていると携帯電話のコール音が鳴る。


【もしもし、おはよーー】


【おはようございます、りおなさん。昨日のシミュレーションで問題点がいくつか浮き彫りになったので、それを詰めたいんですがいいですか?】


【えーーっと、それってば急ぎ?】


【そうですね、一般のスタフ族たちの安全を確保するためには必要になります】


 昨日のケンカの後始末じゃないのか、と少し安堵しつつもりおなは新たな疑問を口にする。

【問題点? 安全確保? やっぱしソーイングレイピア使うと?】


【ええ、とりあえず電話ではなんですからそちらへ行きます】



 りおなは洗顔を済ませ、寝間着から白いワンピースに着替えた。ソファーに座ってクッションを抱えてチーフの話を聞いている。


「レイピア使うっちゅうことは、やっぱしぬいぐるみ?」


「そうなりますね」


「今日部長引き取りに行くんじゃろ、そんな時間かけられんのじゃなかと? どれくらい創ると? 100? 200?」


「大きいものならひとつ、小さいものならみっつほどですかね。ただ、サイズがちょっと……」


「ちょっとってどんくらい? ながクマよっかでかいんじゃったら……3~4mくらい?」


 チーフはりおなに、これから創ってもらうぬいぐるみの大きさを説明した。

 りおなは脊髄反射レベルの反応で立ち上がる。


「出来るわけないいじゃろ、年末特番か? 予算はどっから下りるんじゃ? 大手クルマ会社か!」


「やはり、シミュレーション上でもヒュージティングの破壊力、それに大叢おおむら課長の行き当たりばったりの性格ではどんな被害が発生するか解りかねます。

 社内でのトラブルの火種を、りおなさんに処理してもらうのは心苦しいんですが……」


 りおなは座り直しソファーの端に頬杖をついて話を聞いていたが、観念したように立ち上がる。

「しゃあないにゃあ、他のぬいぐるみに被害が出たら元も子もないし。計算だとどれくらいかかると?」


「大きい方でしたら、30分。比較的小さい方ならひとつ10分程ですね」


「サバ読んどらん? それはいくらなんでもムリじゃ。それによく考えたらそれ創る広い場所も無いけ」


「場所でしたら問題ありません。このホテルは娯楽施設も充実してますから。

 早朝は使われていないコンサートホールを、貸し切りで押さえました。材料も昨日の内に確保してあります。

 朝食は昨日と同じく、軽食を合い間につまんでいただく形になりますが」


「んーー、そこまで用意できてんなら、よっつまとめて創るわ。

 材料あるんじゃろ? でかいのとちっちゃいの両方あれば対応もいろいろできるじゃろし」


 りおなは窓から差し込む光を眩しそうに見つめて、チーフに告げた。



「その前にアイスチョコレートドリンク。

 氷はミルクを凍らしたやつでーー、上に焼いたマシュマロ三つとミントの葉、乗っけて」




「よーーし、朝ごはん前にちゃっちゃっと創ってまおう」


 りおなはファーストイシューに装備変更して、ホテルの十階フロアをまるまる使ったコンサートホールのステージに立っていた。

 かたわらには一本足の丸いテーブルがあり、その上にオーダーしたアイスチョコレートドリンクが乗せられている。

 チーフと課長はアイボリーの大きな布が入った大きな木箱を何十箱も抱えてホールの通路に点々と配置していく。

 チョコドリンクをちびちびと飲みながらりおなはこれから作る型紙ステンシルを眺めていた。


「サイズはともかく、基本的なデザインは『作戦』の時創ったやつとおんなじじゃね」


「そうね、縮尺だけ変わっちゃう感じかしら。それじゃりおなちゃん始めましょう」

 布を各位置に配置し終えた課長が片手を上げた。


「うん、いっちょやるか」

りおなはチョコドリンクを一息に飲み干し、ミルクの氷をがりがりと噛み砕く。


 ステンシルをトランスフォンのカメラで撮影したあと、ソーイングレイピアの鍔を眉間に当て目を閉じて強く念じる。

 続けてコンサートホールに点在する大量の布を、レイピアの切っ先で指し示すと、布は淡い光を帯び一枚ずつ順に浮かび上がった。

 大きなアイボリーの布がコンサートホールの中空を埋め尽くす。


 ――さっすがに多いのう。


 りおなはステージから客席に飛び移り点線が描かれた布を、順に描かれた線に沿って切り取っていく。

 不要な部分の布は光を失い床に落ちていった。

 りおなは客席の背もたれから背もたれに、自身がひとひらの羽毛になったように飛び回り布を切って回る。




「これで、いよいよ縫う段階か」


 りおなは再度ソーイングレイピアの切っ先を、浮かんでいる布に指し示す。

 布の群れは形を成してコンサートホールの上部に伸び上がっていった。

 りおなはステージに戻り縫製こそされていないが、完成形に近い形を取っている布の群れを見上げてからチーフに大声を張り上げる。


「なあ、これ、頭の方からじゃと針届かんけど、どーしよ。足の方から縫う?」


「いえ、頭から縫いましょう。浮いている布はりおなさんの意思と連動しています」


 それなら試しに、とりおなは両手で下に下りて欲しいジェスチャーをしてみる。 足元の布からつづら折りのように布が積み重なっていき、頭部と胸の部分だけが浮いている。

 頭部だけでもかなりの大きさだった。

 りおなはステージ上でソーイングレイピアを何度か振り、改めて浮かんだ布に切っ先を構えた。


「さって、やりますか」




 全身、それに目や鼻などの付属品を縫い付け終わったりおなは、ステージにあおむけになり、客席を飛び回って疲れた足をマッサージしだした。

 十分に両足を休めたあと上体を起こし縫い終わった布を見る。

 頭からつま先、丸いしっぽまで縫い付けられた『作戦その二の大きな方』はくるくると丸まって客席中央で浮いている。


 チーフのジェスチャーで察したりおなはトランスフォンを操作して特殊空間『コンテナ』に収納する。

 巻かれた絨毯のような巨大な布は縦のマトリクスに変換され虚空に消えた。


「お疲れさまです。まず第一段階クリアですね」

 チーフがステージに上がりりおなをねぎらう。



 きりがいい所でりおなは朝食を摂ることにした。

 ホールのステージの上で、はりこグマと部長の双子の孫、このはともみじがやってきた。

 籐のバスケットに詰めて持ってきてくれた朝食を、ステージの上で車座に座って食べる。

 バスケットの中身は薄切りバゲットのサンドイッチ、ガレット、それにはりこグマたちが作ったであろうはちのすワッフルがバスケットに大量に入っていた。

 りおなはワッフルを手に取り蜂蜜をかけ一口頬張る。


「うん、おいしいわ。これみんなで作ったと?」


「はい、チーフさんがキッチンつきのおへやをかりてくれたのでりおなさんのおともだちといっしょにつくりました」


「もうすぐ、エムクマがつれててきてくれます」


 おともだち? 誰だろうとりおなが思案している内にホールのドアが開く。


 りおなおはよう、つれてきたよ。


 そこにはエムクマに手を引かれてきた陽子の姿があった。




「………………」


「………………」


 りおなと陽子はぬいぐるみたちを挟むように距離を置いて座り、無言で朝食を食べていた。

 が、ぬいぐるみたちのほのぼのとした雰囲気がいたたまれなくなったのか、陽子が頭をぽりぽりとかいてから急に立ち上がる。


「やっぱりあれだ、こういうのは年上が折れるべきだ」


 陽子はりおなに深々と頭を下げる。

「昨日はごめんね。せっかくチーフさんとか課長さんが色々準備してくれて、シミュレーションで連携の訓練させてくれたのに、飲みすぎて酔っぱらっちゃって」


 あっけにとられるぬいぐるみたちだったが、りおなも立ち上がり陽子に頭を下げ謝罪する。


「こちらこそごめんなさい。自覚なかったんじゃけどやっぱ色々溜まっとったみたいじゃわ。

 ヴァイスフィギュアとかに八つ当たりするのもおかしいけ、変な話じゃけどちょっとすっきりしたわ」


「そう、なら良かった。私ってなんかちょっと普段から言い過ぎるっていうかヒートアップするヘキがあるみたいだから。自分でも解ってるつもりなんだけどねーー。

 んじゃ、そういうわけで――――」


 陽子はバスケットを手で引き寄せる。


「この粒入りマスタードのチキンサンド、最後の一切れは私がもらうから」


「それとこれとは話が別じゃ」


 りおなは陽子からバスケットを取り返そうとする。

 またもや取るに足らない理由で張り合う二人を、ぬいぐるみたちはぽかんとした表情で見ていた。




「お疲れさま、りおなちゃん。朝から頑張ったわね」


「うーーん、ほんと、部長のために…………

 朝から疲れたーー! りおな、頑張ったわーー!!」


 りおなはコンサートホールの客席の一つに腰かけ大きく叫ぶ。声はホールに大きくこだました。

 そこへ陽子やクマたちに部長の孫たちが立ち上がり拍手する。

 ささやかなスタンディングオーベーションを受けたりおなは飛び起きる。大仰に両手を上げ観客オーディエンスに応えていた。


「すごいねーー、ぬいぐるみに生命を吹き込むって。悔しいけどやっぱりかなわないわーー」


 陽子が率直な感想を述べると、木箱や不要な布の片づけを進めている課長が補足する。

「まだ、今の状態だと、生命は吹き込まれてるけど自由に動けないわ。

 虫さんで言うとかえる前の卵みたいな状態かしらね」


 くるくると巻かれた薄い状態の完成品を、さんにんぶんトランスフォン内に収納しながらりおなは課長に尋ねる。


「ありゃ、そーいやチーフはどこ行ったと? それに、この今創ったぬいぐるみらぁ・・って今ペラペラじゃけどどこで綿ワタ詰めると?

 ……インドのデカン高原?」


「りおな、それだったら地球に帰っちゃうでしょ」

 陽子が苦笑しながらツッコむ。


「言ってみただけじゃ。もしかしてじゃけど、『作戦その一』となんか関係あると?」


「そうよ、正解。最初の質問だけど、富樫君はこの街、Boisterous,V,Cの防具屋さんに、りおなちゃんが創った『作戦その一』を卸しに行ってるわ。

 十時くらいになったら売り出してくれるように店の主人に頼むはずよ。

 もう一つの質問、今創ったおおきなぬいぐるみの綿は『作戦その一』の賛同者に協力してもらうから」


「大丈夫かのう、だいたいはわかったけど中に入ったヒトら、酔ったりしよらん? それにあの『妖怪自慢しい』がヒュージティングで殴ってきたら痛いんじゃなかと?」


「そこは心配ないわ。

 りおなちゃんが今朝創った大きい方の『作戦その二』、可愛いけど防御力は見た目に反してすごく高いし柔軟だからヒュージティングの打撃にも十分耐えられると思うわ」


「じゃったらいいけど。あ、そうだ、『作戦その一』じゃけど、防具屋に卸すって言ってたけんじょタダで配ると?」


「ちょっとりおな、聞いたらあんた大金持ちなんでしょ? そこは無料奉仕でいいんじゃない?」

 陽子がりおなの金銭感覚をさらにツッコむ。


「んや、こういう時でもタダ働きはいかん。課長、チーフはなんて言ってたと? もしタダじゃったらりおなが直接店に言いに行く」


「富樫君はりおなちゃんがそう言うと思ってちゃんと値段設定してるわ。でも今回は商売じゃなく作戦優先だからご奉仕価格だけどね」


 りおなは課長に詰め寄った。



「んで、いくら?」

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