037-1 交 渉 negotiation

 舞台は変わって――Rudiblium本社の一室。時間はりおなと伊澤が一戦交えて一晩たった朝になる。

 実質的に社の中枢を担う幹部たちが緊急のミーティングをしていた。

 議題は『人質の相手が違うことによる処遇と今後の方針転換』になる。


「全く、お前は何か仕事させるたびに中途半端に終わらすかヘマするな。この間の今日でよくそんなに下手ヘタを打てるもんだ」


「えーーん、そんなこと言わないで下さいよーー芹沢さーーん。私だって社長命令だっていうんではりきって行ってきたんですからーー」

 天野は相変わらずピンク色の変わった衣装に人間の美少女のような姿でいた。それに対してジャーマンシェパードの顔の芹沢は淡々と追い詰めていく。


「はっきり言っておく、仕事は結果がすべてだ。

 勤労意欲や勤務態度だけでメシが食えるなら俺もそうする。

 今回は貴重な恐竜種のヴァイスフィギュア兵二体、トルーパー二十体。

 出費がかさんだ割にこちらが得たものは」芹沢はちらりと部屋の片隅に目をやる。

「この極東支部の皆川部長一人だけ、明らかに大赤字だ」


 視線の先には縛られた上に、猿ぐつわまでつけられた部長が座らされている。

 もちろん服は連れ去られた時と同じオーバーオールのままだ。横じまのシャツの背中には焼け焦げがしっかりついている。


「えーーん」


 天野は両手を顔に当て泣きマネをする。が、芹沢はさらに続ける。

「こちらは大して有益なことは多くない。この間の今日でこのバカが挑発し続けたせいで必要以上に警戒された。

 社長が『縛られた棺チェインドコフィン』で封印したらしいが、復活すると思って対策を考えたほうがいいな。

 その上、Rudiblium側の狙いが「縫神ほうしんの主」になる可能性があるぬいぐるみだと奴らに悟られた。さらには」


「ねえ、芹沢君。それくらいにしてあげたら? そんなにいじめちゃかわいそうよ」

 腕を組みながらトイプードルの顔で白のパンツスーツ姿の安野が芹沢をたしなめる。


「えーんそうですよー、安野センパイだけですよー、私のこと解ってくれるのはーー」

 よよよ、とばかりに天野は安野に泣きつくが理知的な安野は取り合わない。しっしっとばかりに天野を片手で払う。


「こんな研修して間もない子を社長同伴とはいえ現場に放り込むのがどうかしてるわ」


「そうだな、社長との兼ね合いもあるが、天野はしばらく外回りは控えて内勤に集中しろ。特にソーイングフェンサーや富樫、やつらには近づくな。

 お前は普通に接したつもりか知らんがやつらは相当おちょくられたと思ってるだろう。下手すりゃ刺されるぞ」


「えーー、そんなーー」


「おとなしくしてなさい、あなたのためよ」


「はーーい、わかりましたーーーー」

 安野にたしなめられた天野はおとなしく引き下がる。


「安野、このことは社長に報告は?」


「まさか。したところで私たちの教育が悪いとか言われるにきまってるもの。こっちで対応するわ」


「ああ、そこら辺は頼む。さて、問題はこちらだな」

 芹沢は椅子に座って縛られている部長に目をやる。

「これから猿ぐつわを取りますが、大声を出さないでもらえますか?」


 部長がうなずくのを確認してから、芹沢は口に結わえたタオルを外した。部長は大きくき込む。

「まずは手違いとは言え部下の非礼をお詫びします。本来なら来てもらう予定ではなかったんですが段取りを間違えまして」


「ふん、そう言うんならさっさと縄を解け! そして俺を帰らせろ!」


「そうしたいのはやまやまなんですが、今のあなたはこちらの手駒だ。有効に活用しないと」


「残念だったな、俺に人質の価値なんてないぞ!」


「そうでしょうか」

 芹沢は一旦言葉を切り窓際まで移動して下を見下ろす。眼下には朝もやで煙るコンクリートの街並みが見えた。


「富樫含めてあなた方三人が人間界から連れてきたソーイングフェンサー。

 心の強い者に変身の資格があると言うが、同時に感受性の高さや繊細さも必要とされているはずだ。

 生命いのち無きヴァイスフィギュアと違って生身の人間がここRudibliumと人間界を行き来するためには特殊な装置がいる。

そう、あなたがここ本社で実用化にこぎつけた異世界航行用バスだ。

 そのバスと運転手が近くにいないとなると、心中穏やかではないはず。

 直接会って話したことはないが、心の強さと繊細さが同居する14歳の少女に同じ種族の存在がほぼいない世界に順応できるとはまず考えられない」


 部長は顔をしかめて話を聞く。芹沢の指摘が正しいからだ。


「対人恐怖症や引きこもりならこの世界は天国だろうが、一般常識を持って人間界に家族や親しい人間がいる状態で脱出不可能になったら、まず冷静ではいられないでしょう」


「……俺をどうするつもりだ?」


「どうもしません、おとなしくさえしていれば無事に帰れますよ。お孫さんにも会えますしね」


「なっ! 孫は! このはともみじは無事なんだろうな! もしあの子らに何かあったら貴様ら全員ただじゃ済まさねえぞ!」


「もちろん無事です。危害を加えるつもりもない」

 芹沢は誰に言うでもなくひとりつぶやく。

「我々は、いや俺はこんなやり方はキライなんだ。人質を取るような姑息な手段はな」


「なんだって?」


「いえ、こっちの話です。とにかくあんたは無事に帰す。その後は知らん」


「ちょっと、芹沢君。あなた人質交換はしないの?」驚いた安野は声を上げる。


「もちろんするさ、成否はともかくな」


「俺をだれと交換するって? 俺も含めて開拓村にはスタフぬいぐるみ族やティングブリキ族、ウディやラーバしかいねえぞ」


「今も話したでしょう、『縫神の主』、それになる可能性を持ったぬいぐるみがあなた方がいる開拓村の中にいる」


 部長は再び沈黙して話を聞く。


「名前は『エムクマとはりこグマ』のはりこグマだ。

 ソーイングフェンサーが転生という手順を踏まずに創りあげるぬいぐるみ、『ネスタフ』を創り続ければはりこグマの魂がそれに呼応して成長できる。

 時間はかかるが、スタフ族たちと同様の生命いのちを持つぬいぐるみが創れるようになる。

 ソーイングフェンサー抜きでも生きたぬいぐるみを増やせる、それこそがカンパニーシステムの真の目的だ。

 荒れ地こと『ウェイストランド』も開拓され、Rudibliumは元通り、いや以前にもまして豊かな世界になる。

 そこでめでたしめでたしとなるのがあなた方、いや主に富樫が描いた青写真だが、それを快く思わないのもいます。

 いまさら言うまでもないですがRudiblium Capsa本社の社長こと伊澤です。

 『あるじは俺一人で十分だ』を一日何度も連呼しますからね、自分の地位を脅かす存在は排除する、そう考えているようです」


「そんなことを聞かされて俺たち、いや富樫が取引に応じると思うか?」


「まあ、富樫が連れてきたソーイングフェンサーにも興味がありますしね。とりあえず携帯で話だけでもしてみますよ」

 言いながら芹沢は携帯電話を取り出す。

「富樫の番号教えてもらえますか」


 言われるまま部長は芹沢に番号を教える。

「今の俺では力になれん。りおな、富樫、それに寺田、うまくやってくれ」部長は心の中で強く祈った。



   ◆



「んじゃ、部長があいつらにさらわれたと?」


「反射的に天野が投げた箱『ポータブルジェイル』と呼んでいた物に自分から当たりにいったようですね。

 私は私で当たる瞬間スーツを投げようとしたんですが部長が先にぶつかりました」


「んじゃ、部長つかまり損じゃね?」


 場面はりおながなんとか復活した開拓村に戻る。

『心の光』を再度吹き込まれた住人たちに、疲労が残っている者は住居に入って休むように伝えた。

 ――このはちゃんとともみじちゃんには留守番するようにキャンピングカーに入ってもらったからにゃ、少しは時間稼ぎできる。


 りおなとチーフ、課長が仮設コンテナに入り今後の対策を講じていた。

 陽子にはエムクマとはりこグマと一緒に部長の孫ふたりの子守りをしてもらっている。


「まあ、そう言わないの。部長のおかげではりこグマがやつらの手に渡らなくて済んだんだから」


「そうじゃけんど、孫ほっぽって拉致られたら意味ないじゃろ」


 りおなは部屋着に着替えて一口コーヒーを飲む。

 夜も明けて太陽が顔を出していた。


 ――あーー、まぶしーー。なんかおひさまが普段よりも黄色く見えるわーー。


 Rudiblium本社からの襲来で向こうの目的がこちらに解ってしまった。

 現状でこれ以上派手な行動はとらないだろう、というのが全員共通の意見だ。


「それにしてもあの『妖怪モーイッカイユー』と天野たらっちゅうのはなんじゃの、思い出しただけでも腹立つ。

 今度会ったらレイピアで全身串刺しはりつけの刑じゃ」傍若無人な振る舞いにりおなはだいぶ頭に来ていた。


「ポータル、瞬間移動の能力を天野は持っているようですね。だから斥候の任務につくのかもしれません。もっとも交渉事には向いていないようですが」


「向いてないどころかサイアクじゃろ。今度会ったらやつのあだ名は『クレームマシーン』じゃ」


「それはともかく向こうはどう動くかしら」課長は話題を元に戻す。


「そうですね、単純に考えれば人質交換というのが一番妥当ですね」


「え、んじゃはりこグマ相手に渡しちゃうと?」


「いえ、そんなことはしません。こちらとしてもはりこグマは重要な存在ですし向こうの思惑通りにはさせません」

 その時チーフの携帯電話のコール音がプレハブ内に響く。同時に皆に緊張が走った。

「この番号は、おそらく芹沢からですね」

 チーフがりおなに目線で確認してきた。りおなは無言でうなずく。チーフは携帯電話をスピーカーに切り替えてから通話を始める。


【はい、富樫ですが】


【ああ、富樫か、久しぶりだな。俺だ、芹沢だ】


 りおなは空のマグカップを手に持ったまま耳を澄ます。

 ――なんじゃ、イメージしていたよりもしぶい声じゃな。


【さっそくだが用件を話す。昨晩だがバカな部下のおかげでこちらにお前たちのトップ皆川部長が来ている】

 スピーカー越しに奥の方から【えーーん、バカって言われたーー】などと声がしたが誰も取り合わない。

 りおなは昨晩のことを再び思い出して少しいらっとした。


【それでそちらには手数になるが、こちらまで迎えに来てくれないか?】


【何が目的です?】


【そうだな、お前がRudibliumに連れてきたソーイングフェンサーと会ってみたい。

 それからその彼女が創ったぬいぐるみも見てみたいしな。

 地球からRudibliumこちらに転生してきたスタフ族と、どう違うのかこの目で見てみたい。

 どこか近くでこの通話を聞いているんだろう? 本人さえよければ代わってくれないか】

 チーフが目配せして来たのでりおなは首肯しゅこうし携帯電話を受け取る。


【もしもし】


【ああ、おはようございます、大江りおなさんですね。初めまして、私はRudiblium本社勤務、課長の芹沢といいます。

 なんていうか思ったよりも可愛らしい声だな】


【……用件って何? ってゆーか部長返してもらえん? こっちからじゃなくあんた方が連れてくるのがスジじゃろ】


【それに関しては非常に申し訳ないですが、こちらには遠距離移動可能な社員が限られていまして。

 今さら説明するまでもないですが二回ほどそちらに向かわせた天野ぐらいなんですよ。

 またそちらに向かわせて粗相でもして心象を悪くしたら、うまくないですからね】


 物は言いようだ、とりおなは思う。

 ――言い方変えても結局はお前らが来いっちゅう事じゃろ。


【まあ、こっちから向かうのは別にいいや。話のタネになるから行っちゃる。

 それよりなんでりおなが創ったぬいぐるみなんて見たいと? この世界ぬいぐるみなんて山ほどおるじゃろ】


【そうですね、後学のためといいますか。

 実のところRudibliumはここしばらく人間世界から転生してくるスタフ族、ティング族が少なくなっているんですよ。ウディ、ラーバも同様です。

 ちょうどあなた方が対策を講じている『大消失』と転生者が減っているのと時期が前後してまして。

 中央はまだしも地方には目が届かず荒んでいく一方でしてね。開拓民を増やせるというのはとても魅力的な話なんですよ】


【わかったわ、今日はみんな『け』で疲れとるけ、明日以降向かうわ。

 ぬいぐるみってなんにんくらい連れていけばよかと?】


 りおなは通話しつつチーフや課長に目くばせする。

 ――電話でやり取りしててもラチがあかん、ここはこっちから動いた方が速いわ。


【んー、そうだな。あなたが最初に創ったぬいぐるみたちを三~四にん連れて来てもらえれば助かります】

 りおなは目を閉じて少し考えた。


 ――向こうは言葉は選んどるけど、んでも確実に核心を突いてくるわ。

【わかった、なんにんか連れて行く。んで、いつどこで会ったらよかと?】



【まずはRudibliumCapsa本社の近くまで来てください。その時携帯電話に連絡を入れてもらえれば私が直接迎えに行きますから。

 それはそうとして、なぜ皆川部長を迎えに来るんです?


 正直な話開拓村にはあなたと富樫、寺田課長がいれば滞りなく作業できるはずだ】

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