033-3

「なんじゃ、こら」


 りおなはさらに疑問を口にする。りおなの疑問に白い犬のぬいぐるみ『きこりのジゼポ』が答える。


 この動物はコモドオオトカゲウマって呼ばれてるんだ。まだ草原が残っているところから連れてきた。おとなしくて役に立ついいやつだ。


「ふーん、でもエサとかはどうしてるっと?」


 その点は心配いらん。草刈り場が近くにあるし、一度こちらが飼い主だということをわからせると離れてても口笛で呼べるんだ。


「へー、見た目馬っていうか恐竜みたいじゃけど賢いんか」


 りおなはコモドオオトカゲウマの顔を見上げる。

 ――でっかいにゃあ、頭の高さ3mくらいあるわ。大人しそうじゃから怖くはないがやっぱし不気味じゃ。


 向こうもりおなの視線に気づき目を合わせてくる。

 何かを伝えたそうにトカゲウマは鼻を一回鳴らすとゆっくりした歩幅で前に進む。


「その馬車っていうか荷車みたいなんも、あんた方が作っとうと?」

 りおなの質問にワオキツネザルのぬいぐるみフリッカが答える。


 いや、これはながクマが作ったものだ。彼に頼めば間違いはない。たいていの物はすぐに作ってくれるから、おれたちは安心して自分の仕事ができる。


 ――やっぱしながクマか。

 とりおなは内心感心する。

 りおなが創ったぬいぐるみのスペックは自分でもも驚くくらいの域に達しとる。


 大きな動物を見てほっこりしているとチーフからメールが来る。

 開いてみると【魔法の訓練を始めるのでそろそろ散策から戻ってきてください】とあった。

 りおなは携帯電話の画面を確認しひとりつぶやく。


「チーフからは、逃げられない」



   ◆



「まずは先日のおさらいからにしますか。では装備をバーサーカーからファーストイシューに変えてください」


「おいっす」


 りおなはトランスフォンを耳に当て文言を唱える。

 瞬時にキジトラ柄の着ぐるみ寝間着のような姿から、ギンガムチェックのミニスカートの衣装に切り替わる。

 屈伸など軽くストレッチをした後、りおなは辺りを見渡す。

 チーフからのメールを見たあと、りおなは彼が運転するオフロードのジープに乗って(りおなは内心『拉致らちられた』と思った)開拓村からだいぶ離れた岩山地帯に着いた。


 ごつごつした大きな岩がたくさんあり草木の類いはほとんど無い。

 ――ここならなんも遠慮せんで魔法が撃てるっちゅうことやけ、おもっきし連発さしてもらうか。

 りおなは『ムシャクシャしてたから殴らせろ』とかいうガキ大将キャラやないけんね。


「まずはイメージトレーニングからですね」


「うん、わかった」

 チーフに言われるまま脳内、心の中に大きなグミを思い描いた。

 2個、4個と倍々に増えていく様をイメージする。と同時に桃の甘い香りも頭の中でイメージする。

 一通りイメージトレーニングを終えるとチーフから次の指示が来る.


「では、実際に魔法を使ってみましょうか」


「おーー」りおなはソーイングレイピアを高く掲げる。


「では、あの岩めがけてグミショットを撃ってください」


「うん! んじゃいっちょやるか、『トリッキートリート、グミ!』」

 りおなが唱えるとレイピアの剣針が淡い光を放ち細かく震えだした。


「その状態でグミが増えるイメージを思い描いてください」

 指示されるままりおながイメージすると剣針が強く輝きだした。

 そのままレイピアを岩に向けりおなは叫ぶ。


「スプリット、グミショット!」

 その瞬間、剣針からハート形でピンク色の巨大なグミが4つ射出された。4つのグミは以前よりも遥かに高速で飛び、岩に当たった瞬間轟音を立て貫通した。

 遠くで鳥の群れが羽ばたいて逃げ出す。


「うぉう!」

 驚きのあまり目を丸くするりおなに対し、チーフは何事もなかったように次の指示を出す。


「では続いては、トリッキー・パインですが……」


「待てい」


い?」


「威力上がり過ぎじゃろ。今度の相手はなにか? 戦車か? 恐竜か?」


「ヴァイスフィギュアを相手にするのに準備し過ぎた、なんてことはありません。 今くらいの破壊力ならヴァイスをたじろがせるだけではなく、悪意を減らす効果もあるはずです。

 レイピアで斬る以外でもヴァイスを倒す手段になります。

 さあ、続けましょう、トリッキーパインを撃ち出してみてください」


 言われるまま、『トリッキー・スピニングパイン』を発動させる。

 高速回転する直径1m程の輪切りパインがレイピアの切っ先から射出された。

 高さ5mくらいある大きな岩が、かき氷にスプーンを入れるようにあっさりと二つに斬れた。

 額を左手の人差し指と親指で押さえてしゃがみこむりおなに、チーフは指示を続ける。


「では最後、『トリッキー・チョコレート』を試してみましょう」


「……うん」

 りおなは返事をしながら立ち上がって空を眺めていた。


 ――あーーーー、この世界にも太陽がある。少し日が傾いてきたか。なんとなく現実逃避したくなってきたやもしれん。


「明日も晴れるといいな……」思わず本音が口をついて出た。



   ◆



「大丈夫ですか? りおなさん。顔色がよくないようですが」


「あーーーー、MPエムピーが切れた、っちゅうより精神的に疲れた。それよりあそこいら大丈夫? 地形が変わっちょったけんど」


「あ、それなら問題ありません。あの近辺には目立った動物や埋もれた遺跡はありませんから」


「いや、そーいう……」

 問題じゃないじゃろ、という言葉をりおなは飲み込む。


 帰りのジープで向かい風にツインテールを揺らしながらつい今さっきの魔法『トリッキー・チョコレート』の効果を思い出してりおなは心配になる。


 ――魔法の威力の事でなく、あれくらいの威力でないと対抗できん怪人フィギュアのことじゃな。

 あんな局地災害みたいな魔法を使わにゃいけん相手がいんのか。


 と思うとりおなの顔は自然と渋くなる。


「まあ、今さっき使ったのは『トリッキー・チョコ』の威力からしたら下から二番目くらいですから。

 それに、お菓子職人『コンフェクショナーイシュー』になっている時は魔法の威力、精度は上がりますが消耗度合いは相当に減ります」

 ジープを運転しながらチーフが説明する(風で長い耳がバタバタなびくのが少しうっとうしい)。


 りおなは風に吹かれたまま下唇を突き出す。

 ――あの威力でも全開じゃなかと? りおなが自分でRudibliumを壊しかねん。

 りおなの表情を察してかチーフはバックミラーを覗きこみながら話題を変えた。


「あと、この開拓村で創るぬいぐるみですが、どうしますか?」


「んー、量より質で創るわ。あー『カラカルのアラント』みたいに一から創ってもよかと?」


「ええ、構いません。ああそうだ、さっき課長からメールがあって、夕食はバーベキューだそうです。開拓を祝して広場でキャンプをすると張り切っていました」


「おーー、それはいいにゃーー」

 りおなはチーフたちの気遣いに素直に反応する。

「キャンプなんて何年振りじゃろ、最後はあれじゃろ? みんなでたき火囲んでフォークギター弾きながら合唱するんじゃろ?」

 冗談めかしてりおなが尋ねる。


「ああ、はい。部長が弾けますから弾いてもらいましょうか」


「マジか?」

 りおなは頭を抱え込みたくなった。

 ――人のボケを先回りするような特技をなんぼでも持っとるにゃあ。まったくこのぬいぐるみどもはボケ潰しじゃ。


 せっかくのバーベキューパーティーが台無しになりそうな不安を抱きつつ、りおなの脳裏には一曲歌い終わるたび、オーディエンスに『ありがとぉーーぅ!』と叫ぶ部長の姿があった。


「それと村の名前ですね」

「村の?」


「ええ、ただの『開拓村』では味気ないですからね。なにか考えてください。

 そうですね、例えば『りおなバーグ』とか……」


「名前つけんのはいいけど、その名前は『りおな入りハンバーグ』みたいじゃからぜったいイヤ。

 うん、わかったなんか辞書でも引いてそれらしいの考えるわ」


「お願いします」

 二人を乗せたジープは荒野を砂ぼこりを上げながら走っていく。陽は薄雲に覆われ大地を優しく照らしていた。



 りおな達が開拓村に着くと昼時よりも集落の建物の数が明らかに増えていた。

 家屋用、納屋、家畜用の小屋が今朝見た時の三倍ほどに増えていて、家畜にしている動物や鳥のような生き物も増えている。


「日本でプレハブ組み立てるよっか速いじゃろ」


 りおなは言いながらジープを降り、念のため住人達に必要以上に注目されないために装備をバーサーカーに変更し直す。

 広場に出ると中央部分に乾いた材木を『井』の字型に高く積んでいてその周りには椅子代わりの丸太を囲うように置いてある。

 どうやら本当にキャンプファイヤーをやるようだ。


 その傍らで課長とぬいぐるみなんにんかがレンガで組み立てたかまどで何か調理しており、香ばしいいい香りが広場中に漂っている。

 りおながすんすんと匂いを嗅ぐと自分が空腹なのに気付いた。


 ――んだけどここで何かおなかに入れても仕方ないけん、じきパーティーも始まるじゃろ。

 全身で大きく伸びをしていると、家の陰からこどもたちがりおなに駆け寄る。エムクマとはりこグマ、それと部長の孫のこのはともみじだ。


 この世界じゃとスタフ族とかりおなが創ったぬいぐるみは大きさやなく行動とかでおとな、こどもが分けられとるのう。


 この世界にに元からいるひとたちはともかく、りおながソーイングレイピアで創ったぬいぐるみはどれも創られて一週間も経っとらんけど。

 んでも、自分たちが何するかがちゃんと解っとるし、何十年も同じ仕事してたみたいに手慣れとるにゃあ。


 そんでも、お手伝いとかするけど要領があんましよくなかったり、ずっと遊んでばかりのものもいるし。

 これは出来がいい、悪いとかでなくて気持ちの歳の差じゃろうな。

 んでもりおなはぬいぐるみ差別はせんけどね、みんな平等やけん。


 このはともみじは、デザインは全く同じだが、それぞれ白のブラウスに緑色と赤のワンピースに麦わら帽子という、開拓期のアメリカ映画に出てきそうな服装に着替えている。

 ふたりはりおなを見上げると少し興奮した様子で話し出した。


「あのね、りおなさん! すごいの、はりこグマ!」


「わたしたち、ううん、ルディブリウムでだれもできないのに見たのはじめて!」


 このはともみじふたりが興奮気味に話すその後ろではりこグマが両手を後ろにもっていってもじもじしている。

 エムクマと双子ははりこグマになにかしゃべらすように促している。

「どうしたと?」

 しばらく下を向いて考えこんでいたはりこグマだったが、やがて意を決したようにりおなに話しかける。


 あのね、りおなにあげようとおもってこれ、つくったの。



 はりこグマが背伸びしてりおなに手渡したのは、はりこグマ自身が創った手足の長い空色の小さなクマのぬいぐるみだった。

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