024-1 歓 迎 welcomeparty

「ああ、そうじゃった。服は着替えたほうがいいじゃろ?」


 ――パジャマパーティーだと思えば着ぐるみ姿も気にならんし。

 りおなはトランスフォンの画面を操作し、バーサーカーの着ぐるみの種類をキジトラ模様からアメリカンショートヘアに変える。


 一回創ると着ぐるみの模様はコンフィグで変えられるんじゃな。

 ついでに履き物もファー付きの内履きに変えて、と。

 りおなはバーサーカーイシューに装備し直す。


 ――表は暗いにゃ、もう夜か。

 りおなは上体を左右に振り大きく伸びをした後、チーフに連れられて酒場に向かった。



「えーと、んじゃ、みんなの故郷こきょうに乾杯!」


 りおなの音頭で酒場にいる多くのぬいぐるみが手に持ったグラスやジョッキを高く掲げた。

 チーフが酒場にいたお客全員に『今晩の酒代は自分たちが持つ』と宣言したら、かなりの数のスタフ族がやティング族たちがエムクマとはりこグマたち、そしてりおなを迎えるうたげに加わった。


 りおなとチーフが酒場に着いた時には様々な料理がテーブルを埋め尽くすように並べてあった。

 ――酒場で新歓パーティーするとか言うから、てっきり薄暗い所で風呂に何週間も入らん荒くれ者が集まる場所とか想像してたけど。

 お店の中は照明が明るくて小ぎれいじゃわ。


 主賓のりおなは課長のエスコートで店内中央のテーブルに着き、オレンジジュースの注がれたグラスを渡され乾杯に至る。


 ものの十分もしないうちに酒場の外にもにぎやかな声が響き渡った。

 スタフ族こと生きたぬいぐるみたちは酒が入ると陽気になった。

 エムクマたちやりおなに盛んに握手や抱擁ほうようを求め、しきりに酒を勧めてきたが、エムクマとはりこグマ、そしてりおなはその都度その申し出を固辞した。


 ――この世界、この街ではエムクマとはりこグマはじぶんたちのことは子供として見てほしいようじゃな。


 ほかの新たな住人、ヒツジのリバーシープやイヌのトリマーは普通に酒場のスタフ族と葡萄酒ぶどうしゅを酌み交わしている。

 体格にさほど差はないがそれぞれに大人と子供の区別はあるらしい。


「どう? りおなちゃん、楽しんでる?」


 課長がその巨体に不似合いなフリルのついたピンク色のエプロンを着けて嬉しそうに尋ねてくる。

 ――なんちゅうかっこしてる。まあ課長とっては料理作って振る舞うんが楽しいから、ここは楽しくて仕方がないんじゃな。


「うん、おいしい。ぬいぐるみ、スタフ族も普通に肉とか魚食べるんじゃね」


 スモークサーモンのオーロラソース添えを小皿に取り分けつつ、りおなは答える。


「ええ、ここらじゃめったに出回らないから貴重なんだけど、今夜は特別に奮発しちゃった。遠慮なくどんどん食べてね」

 

 ――言われんでも、こんなごちそうばっかりってのもそうそうないけんね。、 りおなはとうのかごにたっぷり乗った薄切りのバゲットに大好物の明太子ディップをたっぷりのせて食べる。

 ピリリとしたマイルドな辛さがたまらない。


 うたげが始まって小一時間程、えんたけなわとなり、酒場は喧騒を聞きつけた街の住人がどこからともなく集まりさらに賑わいを増していた。


 部長はカウンター席に陣取り、クラシックな造りのクマのぬいぐるみと酒を酌み交わし、大声で語り合っている。お互い孫自慢をしあっているらしい。


 宴が始まってからだいぶ遅れてながクマも鷹揚おうような感じで酒場に入り口から現れた。

 彼は今の今までこの酒場を修復するのを手伝っていたがようやくそれも終わったようだ。

 街の住人の倍近くも身長のある彼は窮屈きゅうくつそうに酒場に入り、改めてこの世界の新たな住人として様々なぬいぐるみ、スタフ族と杯を交わす。テーブルの上の料理はだいぶ減っていたが宴はまだまだ続く模様だ。


 りおなは一通り料理を味わったあと、酒場の隅のテーブルの椅子に腰掛けグレープジュースをちびちびと飲んでいた。

 ――パーティー自体は嫌いではないけど、この世界の主役はやっぱしぬいぐるみたちだのう。


 りおなは軽い疎外感を覚えつつも、乾杯ラッシュから解放されたのにほっとしていた。

 酒場の隅で人間界ではありえない光景をぼんやりと眺める。


「楽しんでいますか? りおなさん」不意に聞きなれた声がしたので振り向くと、そこにはチーフがいた。

 彼は部長のようにネクタイを緩めることもなくスーツをぴしっと着こなし片手に料理を載せた小皿を持っている。


「うん、食べ物はおいしいけど、ちょっと疲れた。よく考えたら顔見知りってあんた方とりおなが創ったぬいぐるみだけじゃけ」


「すぐに慣れます。スタフ族は必要以上に相手に干渉することをしませんから」


「だったらいいけど、明日からはぬいぐるみ創りじゃろ、今日はりおなだけ先に寝かさしてもらうわ。

 あー、でも寝る前に聞いときたいんじゃけど『いんぷろいやーいしゅー』って何? 新しい装備っちゅうのは分かるけど、何が強化されんの?」


「戦闘力に関しては初期装備のファーストイシューより大きく劣ります。

 というより普段のりおなさんとほぼ変わりありません。

 『インプロイヤー』とは直訳すると『雇用主こようぬし』という意味で、ぬいぐるみ、スタフ族に対して特殊な装備品を与えて仕事をさせる職業になります。

 本来、スタフ族はよく言えば鷹揚おうようですが、元は子供たちの遊び相手ですから基本的に勤労意欲はさほどありません、というかほとんどないです。


 そこで『ウェアラブルジョブ・イクイップ』、装備すると特定の職業に就くことができる道具や装飾品をぬいぐるみに与えることによって、無害なぬいぐるみたちを有能な働き手にすることができます。

 道具を与えることによって雇用主と従業員の関係を創れる装備が『インプロイヤーイシュー』になります」


「んじゃ、りおながぬいぐるみの社長、っていうかリーダーになんの?」

 りおなはブドウとキウイフルーツとメロンのヨーグルトフルーツサラダを食べながらチーフの説明に耳を傾ける。


「はい、りおなさんが創ったぬいぐるみはもちろんの事、『ウェアラブル・イクイップ』を渡した段階でそのスタフ族と雇用契約は成立します。

 勤務日数や給与はりおなさんが取り決め出来るようになりますが……」


「えー、好きな時休んで、稼ぎはぬいぐるみがもらえばいいんじゃなかとー?

 りおな、社長とかやったことないけん、働いたヒトが全部もらえばいいじゃろ?」


「そうもいきません、資産をまとめて運用するのも大事な仕事ですから」


「……りおなにそんな事できると思っちょる?」


「資金の運用は私や町長、〈冒険者ギルド〉の者が担当します。

 インフラの整備、水源の確保、資材調達の搬入ルート確保、資本というものはただ持っていればいいというものではありません、使うべきところ、タイミングで使うべきものです」


「……うん、そこいらはチーフの方が得意そうじゃけん任すわ。

 んで、ぬいぐるみ用の装備って何種類くらいあんの?」


「分かっている範囲で500は軽く超えますね、加えてスタフ族が就ける職業も同様に100種類は優に超えます。

 街の住人の意見を取り入れつつ『ウエイストランド』復興に必要な装備を増やして住人に渡していくのが基本になります」


「……それってぬいぐるみ創るよりめんどい?」

 りおなは周りの目も気にせずあごをテーブルに乗せて、上目遣いでチーフを見る。


 酒場のスタフ族たちはりおな達の事など気にも留めず、饗応きょうおうにあずかっている。


「……ひとつずつなら大したことは無いんですが、いかんせん数が数ですからね……」

 チーフは歯切れ悪そうにりおなに告げる。するとりおなはチーフに対して右手を挙げる。


「それじゃあ、富樫主任、私、大江りおなは明日から『自宅警備員』に転職します。

 ソーイングレイピアで『グレースゥェット』創って着て、ポテチ食べてマンガ読みながらゲームして、ベッドの上で一日中ゴロゴロして過ごします」


 りおなの反応にチーフはわずかに顔をしかめる。ある程度予想はしていたが、こういう提案をされるたびになにかゴネだすのがこの少女の悪い癖だ。


 例えばほんの数日前、この世に終わらない冬をもたらす存在、『冬将軍』と戦う『ラピッドメディスン』ことりおなの同級生、しおりという子ほどやる気に満ち溢れているのも考え物だが、自分自身の契約相手、大江りおなが(ある種のポーズや照れ隠しの意味もあるのだろうが)やる気を出す様子を見せないのはどうにも困る。


 食べ物で釣るというのも犬猫相手ではない、なにしろ相手は多感な中学生の女の子だ。扱いは丁寧でなければならない。

 チーフ自身は命令できる立場ではないし、仮にできてもしたくもない。


 チーフはりおなのモチベーションをどうやって上げたらいいか無言で思案していると、テーブルに突っ伏していたりおなが顔を上げ大きく伸びをする(これは彼女が気分を変えるときの無意識の行動のようだ)。


「―――まあ、あれじゃ、仕事とかノルマこなすとか思うから面倒に感じるんじゃけん、なんか新作ゲームのイベントじゃと思ってやるわ。

 ぬいぐるみがける仕事とかぬいぐるみ用の装備ってのも興味あるし、リストとかあるんじゃろ」


 りおなは右手をチーフに差し出す。情報を提供してくれ、という意思表示だ。


 その反応を見たチーフはやはり、この少女こそがソーイングレイピアを扱うのにふさわしいと考える。

 時々ゴネることはあるが切り替えや反応が早い。


「現時点で創ることができる装備品と装備した時の職業の一覧はノートパソコンやタブレットにまとめてあります。

 今分かっているだけでも装備品や職業は600を優に超えます。ただ、今はパーティーの最中さいちゅうです。仕事の話は明日にしませんか?」


「それもそうじゃのう。このグレープジュースおいしいからおかわり持ってきてくれん?」りおなは空になったグラスを振って見せる。


「分かりました。持ってきます」


 チーフがその場を離れたあと、りおなは酒場をゆっくりと見回す。

 相変わらず課長は料理を作っては周りに振る舞い、部長は飲んだくれてカウンターに突っ伏している。酒場の中は明るい喧騒に包まれていた。

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