023-3
「
りおなは宿屋の三階にいるチーフに戻ったことを告げる。
「お帰りなさい、街の中はどうでしたか?」
彼は相変わらずパソコンのタイピングの手を休めない。
「うん、いろいろあって面白かった。食べ物もおいしかったし。
ああ、街のヒト、ヴァイスフィギュアと勘違いして攻撃しそうになったわ」
「……なんですって?」
チーフが突然
りおなは両手を左右に振る。
「いや、結局りおなの勘違いじゃった。なんていうの? ゴムでできてるヒトじゃったけど、あれなんて言うと?」
「ああ、それは説明が足りませんでしたね。
ゴムでできた種族はラーバ族といって、確かにぱっと見はヴァイスフィギュアに似ています。
街中で見かけたら確かに勘違いしてしまうかもしれないですね。
人数こそ少ないですがこの街にもティング族やウディ族、そしてラーバ族が仕事のために滞在しています。
ラーバ族に関しては説明していませんでしたね、申し訳ないです」チーフは立ち上がり頭を下げる。
「んや、何もなくてよかったわ。んで、これが屋台のおみやげ。
こっちが『はんじゅくカスタード』で、これが『くらやみブラウニー』、んでこれが素揚げしたカッペリーニ。
おいしかったから多めに買ってきたわ、つまんでみて」
「ええ、いただきますが……りおなさん、夕食前なのであまり買い食いは……」
「ちょっとだけやけん、大丈夫じゃって。それはそうとして、なんで卵やら牛乳やらが街の中で売っとうと? 異世界じゃから白色レグホンとかホルスタインなんておらんじゃろ?」
「卵や獣の乳は地球のにわとりや牛とは似ていても違う生き物が飼われていて、それらが生産していますね。
それを酪農家を営んでいるスタフ族が郊外の村々から運んで街に
「え、地球のとそっくりじゃったけどにわとりの卵とか牛乳じゃなかと?」
「ええ、ですが成分上はほとんど変わりませんからりおなさんも安心して食べられます……というかやはり夕食前に少し買いすぎですね」
チーフはりおなに苦言を呈する。
「まあ、それは今いいじゃろ。そんで、肉とか魚は?」
「地球の生態系とは違いますがよく似通った生物群は存在します。
この一帯よりはるか北の方では狩猟や漁も行っています。主に自給自足を営むスタフ族が干し肉や干し魚を作っています。
ただ『大消失』以降そういうスタフ族も減っているのも確かですね」
――クマのぬいぐるみがシャケやらシカ捕まえてるんか? やっぱしシュールそうな
「こちらよりはるか北方ではノロジカや鮭などによく似た生き物も生息しています。
確かにここはおもちゃが生き物のように生活している世界ですが、血肉が通った生物も数多く存在します。
一見単純そうかもしれませんが、地球とはまた別に多様化して発達した世界です」
「ふぅん」
「それではですね、今五時半ですが夕方七時くらいに宿屋の隣にある酒場へ来てください。新歓パーティーを開きます」
「パーティー、って誰の?」
「表向きはエムクマやはりこグマたちをこの世界の新たな住人として迎え入れてもらうよう、街の住人たちにお酒や料理を振る舞いますが、実際の
今夜くらいは大いに食べて飲んで英気を養ってください」
「お酒は? 飲んでもよかと?」
――そういやパパが仕事から帰ってきたとき、たまに晩酌してたわ。
なんかわかんないけどおいしそうに飲んでたにゃーー。
「ダメに決まっています、と普段なら言いますがごく少量なら見なかったことにします。ですが、あまり目に余るようなら―――」
「……余るようなら?」
「明日以降、ソーイングレイピアでのぬいぐるみ創りを―――」
チーフの言葉を遮るようにりおなが一言いう。
「自制します」
宿屋の自室に戻ったりおなは出窓とカーテンを閉めて、ベッドわきにあるランプの栓をひねる。
てっきり炎が灯るかと思ったがオレンジ色の光がほのかに点いた。
「おおっ、火でもLEDでもない。はーー、きれい。来たばっかでなんじゃけど、持って帰れるじゃろか」
少し驚きつつもりおなはトランスフォンを取り出して、キジトラ柄のバーサーカー装備を解除し、ハンガーラックにかけていた部屋着に着替えて一息ついた。
続けて両親に買ってもらった自分自身の携帯電話を確認する。
電源は普通に入るが、日付や時刻は人間世界を出たときのままで電池の残量だけが減っている。
りおなはチーフからもらった充電池で携帯電話を充電する。充電池は厚めの文庫本程度の厚さと大きさでりおなはもちろん見たことが無かった。
――チーフに聞いたらRudiblium製とかで、充電方法は今度教えてくれるとか言ってたけんど、りおなとしては充電できれば構造とか理屈は特に気にせんっちゃ。
続けてトランスフォンの機能『
例のカンパニーシステム、その予定がてら一冊ずつ読み進める。
――チーフが言うカンパニーシステムって言うんはスタフ族、ぬいぐるみたちを殖やして街とか荒れ地の再興計画じゃろな。
チーフから見せられた、ウェイストランド? あの更地でもないだだっ広い荒れた土地。初めて見たりおなでもだいぶへこんだわ。
ましてや自分らぁが住んでる国が原因不明の理由で荒れる一方じゃったら、ショックもでっかいだろうし。
楽な仕事ではないんじゃろうけんど、『おばあちゃんが言っていた面倒なことは後回しにするとさらに厄介になる』ってにゃあ。
こういうことは最初の予習が肝心じゃ。読めるだけ読んどこう。
「―――りおなさん、大丈夫ですか?」
チーフの声が耳元で聞こえたのでりおなは身体をすくめる。
授業中頬杖をついて居眠りしている時、ガクンとバランスを崩し我に返る、あの状態を味わっていた。居眠りしていたのだ。
りおなは反射的に腕で口を拭い辺りを見回す。
――んーー、自分の部屋じゃないわ、どこじゃここ?
あーー、宿屋か、居眠りしてたわ。普段じゃったらもう寝とるしなあ。
「もうそろそろ、新歓パーティーを開くので呼びに来ました。
ノックはしたんですが返事がなかったので入らせてもらいました」
「あ? ああ」
りおなはベッドから上体を起こし、頭をポリポリとかく。
傍らには絵本が何冊も積んであった。
「絵本読んでたら寝オチしたみたいじゃわ。
ほんで、気になったけど『きこりのジゼポ』の『ジゼポ』ってどーいう名前? あんまし聞かんけど」
「その名前は作者の方と歳の離れたお友達の方が、RPGのゲームの名前入力の際に、十字キーをでたらめに操作してつけたそうです。
作者の方は『これこそ天の配剤』と大いに喜んで、絵本の主人公の名前にもらったそうです」
――りおなにはすごいんかすごくないんか全く分からん。
「あと、街の中ってクマのぬいぐるみとかは多かったけど。テーマパークとか遊園地におるようなぬいぐるみは全く見んかったけど、ほかの街とかにいんの?」
りおなの質問に対してチーフは神妙に答える。
「基本的に人間界からRudibliumに来るスタフ族、ぬいぐるみは転生してこちらに来ます」
「転生? そりゃまた異世界っぽいのう」
「はい、人間界で子供とともに過ごしたぬいぐるみがこどもの手を離れたとき、Rudibliumに来るかどうかの選択をある存在に尋ねられます。
『はい』と答えたとき、人間界にいた時と同じ姿の身体を得てこちらの住人として転生します。
身体のサイズは『生前』子供たちにどのような役割を与えられていたかで変わるようです。
で、りおなさんの疑問に対してですが、人間界で数多く出回っている、または相当数の子供たちに愛されているぬいぐるみはこちらには転生では来ないようですね。少なくとも私は見たことがないです」
「ふーん。んじゃ次の質問、宿屋出る前言ってた『いんぷろいやー』って何? 聞いたことないけど新しい装備?」
りおなの問いに対して、チーフは我が意を得たり、といった感じで説明する。
「はい、『インプロイヤーイシュー』はカンパニーシステムのプログラムの一つで、ソーイングレイピアによるぬいぐるみ創りと双璧をなすといっても過言ではない『ウェアラブルジョブシステム』の中核を担う重要な装備です。
詳しい説明は後にしますが、インプロイヤーイシューを装備したりおなさんがいればRudibliumの再興は
張り切るチーフに対してりおなの表情はだいぶ渋い。
――チーフがやる気を出してる時はだいたいめんどっちい作業がふえるからにゃあ。
まあ『イヤだキライだ』で世の中渡り切れるはずないし。
中学二年にして悟りきっているりおなは、自分で思う以上にできた子じゃ。
これはじがじさんやなく、当然の自己分析じゃ。
「また、分からないことがあったら、私が分かる範囲で説明します。
それより、新歓パーティーです。課長が酒場の厨房を借りて料理をたくさん作っていますから一緒に行きましょう」
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