022-2

 彼らはレトロなブリキのおもちゃのような外見で、それぞれが砂利や土を一輪車で運んだり、グラウンドで使われているようなローラーを引き、黙々と作業をしている。道路を創っているのだ。


「彼らがブリキや鉄でできた種族、『ティング族』です。力が強く頑健で信仰にあつい彼らは自然を愛しています。

 ほかの種族が作業をしやすいように自発的にインフラを整えていますね」


「おおう、かっこいい。まさにファンタジーじゃな!」


 そのままバスがしばらく続くと今度はブリキのおもちゃとは違った姿の一団が別の作業をしているのが遠巻きに見えた。

 小高い丘の上で木製の身体を持つ集団はたくさんの土の団子を地面に埋めていた。


「あれは森の中に棲んで自給自足を行う『ウディ族』です。土に埋めているのは木の実や種、苗の入った粘土玉です。

 彼らは木の実を粘土質の土に埋め込み、適度な水分を与えて放置すると程なく芽が出るのでそれを育てて植樹します。

 ウディ族たちにとって森は財産であるのと同時に家族でもあるのです」


 チーフの説明を聞きながら、りおなはトランスフォンの機能の一つ『冷蔵庫』を展開しお菓子をいくつか取り出す。


 ――バスの中での楽しみったらやっぱしおやつじゃな。バスの中でみんなで食べるから普段よりおいしく感じるし。


「みんなも食べる?」


 好物の細長いチョコ菓子の箱を開けチーフや課長、ぬいぐるみ達に差し出す。


「いただきます」


「遠慮なくもらうわ」


 チーフと課長は一本ずつ受け取る。ぬいぐるみたちはごく当然のようにチョコ菓子に群がる。

 りおなは席を立ち、運転中の部長に近づく。


「部長も食べる?」


「おう、悪いな」

 部長は豪快にお菓子を6本ほど引き抜き、ばりばりとかじりだす。



「部長、街っちゅうのはまだ着かんの?」砂や砂利でならされた道路は延々と直線を描いている。


「だいぶ先だ。なんだ? もう飽きたのか?」


「んーー、そうでもないけど、運転って楽しい?」


「楽しい、楽しくねえじゃねえ。これも仕事だ」

 部長はいつも通り仏頂面で返す。


「楽しそうじゃけ、ちょっと替わって」りおなは何の気なしに部長が運転しているハンドルを片手でつかんだ。


「バカ! ふざけるんじゃねえ!」

 部長は慌てふためきだし、りおなの方を向く。


「ちょっとだけやけん、替わってもいいじゃろ」


「りおなさん、席に戻ってください」


 チーフはりおなの手をハンドルから剥がし、座席に戻して座らせた。




「ちょっとこう、はっちゃけてみたかっただけじゃって」


 りおなは眼前に立つチーフに言い訳する。


「万が一バスが横転したら、我々はともかくエムクマたちがショックを受けます。周りに何もないからと言って無茶はしないでください。

 ……もし車の運転がしたいなら、普通免許が取れるくらい、みっちり仕込みますが?」


 チーフは淡々と言葉をつなげてくる。

 ――こういうときはは逆らわない方が利口じゃな。


「もう、しません」

 りおなは顔を下に向け上目づかいでチーフに謝る。


「ゴーカートのような車はRudibliumにもありますから、息抜きに運転するのは構いませんよ。

 ただやはり免許もないままバスを運転するのはやめてください」


 今のはチーフの気遣いらしい。りおなは一言「どうも」とだけ返した。



 バスがそのあと15分ほど進むと道からだいぶ離れた所に巨大な岩山がそびえる。

 その近くに妙な小山がいくつもあった。


 それはまるで工事現場の残土置き場のように、今しがた掘った土をそのまま積んだと思われるボタ山で、数にして20くらいだろうか。

 大きさはそれぞれ三階建ての雑居ビルくらいはある。

 明らかに人工的ともいえる不自然な小山だった。


「なー、チーフ。あの山なんじゃろ? どっかでトンネル工事でもやっとんの?」

 りおなはバスの窓を開けて何の気なしに尋ねるが、当のチーフは珍しく慌てだす。


「部長、あの小山は間違いなく『ディッグアント』や『ビルドアント』が近くにいます!

 この場は速やかに離れてください!」運転席わきまで近づき部長に忠告する。


「ああ、言われるまでもねえ。運転は多少荒くなるがこの場はさっさと突っ切るぞ!」


 部長はハンドルを強く握り直すと右足に力を込めアクセルを強く踏んだ。

 りおなの身体がシートに押し付けられる。


「なに、そのディッグアントって、モンスターかなんか?」

 事態の呑み込めないりおなは、緊張感のない声でチーフに尋ねる。


「ある意味その通りです。『大消失』以降現れた、地球には存在しないサイズの巨大アリです。

 サイズにして仔牛ほどもありますか、地中をすさまじいぺースで掘り進み甘いものに目がありません」


「んじゃ、このバスなんか狙わんのじゃなかと?」

 危機感のないりおなの口調はまだのんびりとしている。


「奴らの嗅覚を甘く見てはいけません。先ほどりおなさんは私たちにお菓子を配ったでしょう。それを奴らが嗅ぎ付けでもしたら……」


 チーフの懸念は現実のものになる。砂利や小石で舗装された道のわきに開いていた直径2mほどの穴、そこから漆を塗ったように真っ黒い巨大なアリがわらわらと現れ出した。


「あんぎゃ!」


 りおなは思わず立ち上がり大声を上げる。

 大きさはチーフの説明通り、生後6か月ほどの仔牛ほど、体重は見た感じで80kgくらいだろうか。

 そんなサイズの巨大アリが数にして50匹ほどりおな達が乗っているバスめがけて襲いかかってきた。


 ――スピードめっちゃ速いし! でっかいアリ怖っ!!

 こっちは砂利や砂の道路じゃからバスはそんなにスピードは出せんし!


 しかし土でできた大地はまぎれもなく彼らのテリトリーだ。徐々にではあるが着実に距離を詰めてくる。

 威嚇のためなのか、それぞれが大きなあごをガチガチと鳴らしている。その金属音のような大きな音はバスの中にまで響いてきた。


「課長、みんなを床に伏せさせて!」

 りおなは課長に指示を出す。りおなが創ったぬいぐるみ達は座席から下り床に伏せて頭を抱えて衝撃に備える。


「こうなったらしょうがない、あのアリやっつけるけ、チーフ、バスのドア開けて! りおな降りて戦うわ!」


「ダメです! ディッグアントは非常にに仲間意識が強い虫です。一匹でも倒したら凶暴度がさらに増します!」


「じゃあ、どうやったら見逃してくれるっと!?」

 ディッグアントの群れはマイクロバスの10m近くまで接近していた。

 あの鋭いアゴで噛まれたらタイヤはすぐに食いちぎられるだろう。


「なにか、大量の甘いものでもあれば時間稼ぎができるのですが……」

 チーフはバスのすぐ後方にいる大きなアリを見ながらなんとか打開策を考える。


「大量の甘いもん!? そんなもん、急に……

 あ、そうだチーフ、試してみたいことがあるけん、装備替える!」


 りおなはポーチからトランスフォンを取り出し耳に当てる。


「『コンフェクショナーイシュー・イクイップ』、ドレスアップ!」


 りおなの身体は光に包まれた。ファーストイシューからお菓子職人のような衣装、コンフェクショナーに姿を変える。


 そのまま右手を前にかざすと、手の先の棒状の光の中からりおな専用の武器、ソーイングレイピアが出現した。


「課長! みんなをバスの前の方にやって! これから魔法使うけ!」


「わかったわ、でもりおなちゃん、トリッキートリートはヴァイスフィギュアにしか効かないわよ!

 ディッグアントたちにはかすり傷も負わせられないわ!」


「説明してる時間が惜しいけ、早くみんなを前にやって!」

 課長は伏せているぬいぐるみたちをできる限りバスの前方、運転席側に避難させる。

 それと入れ違いにりおなはバスの後部座席側に駆け寄った。


 マイクロバスの中の甘い匂いにつられた巨大なアリたちは今にも車体やタイヤに喰いつきそうだった。


「チーフ、今の状態で一番効果ある魔法ってなんになると!?」

 りおなはチーフに大声で尋ねる。


「現時点では―――になります! ただ、ディッグアントに直接当てないでください!」


「ああ、わかっちょる!」


 りおなはソーイングレイピアを両手で構え、つか眉間みけんの部分にかざし何事か念じだす。



「おい! なんでもいいがバスはこれ以上スピードは出せねえぞ! なんとかしねえと俺ら全員アリに食いちぎられるぞ!」

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