018-3

 玄関に向かおうとするとエムクマとはりこグマがひょこひょことついて来た。

 リビングをちらりと見ると部長が起きだしてYシャツとスラックスに着替えていた。

 ソファーに座って老眼鏡をかけ朝刊を読んでいる。

 ――顔がヨークシャーテリアなんじゃが……体型も行動もおっさんじゃからなあ。あんましかわいく見えん。どっちかいうと実写アニメみたいじゃな。


「おはよう」りおなが声をかけると部長は目線だけ上げて「ああ」とだけ返事をする。

 りおなは朝見かけた妙なウサギがいなくなっているのに気付いた。彼(?)がかけていた毛布がきれいに折りたたまれている。


「あれ、部長、ここで寝てた変なウサギは?」


「ああ、レプスか。俺たちが開発した携帯を女の所に持っていってくるとか言ってたな。ま、また一緒に飲みたいとか言ってたからまた戻って来るだろ」


「携帯? 女?」


「ああ、そいつらの戦う相手『冬将軍』の居場所が表示される携帯だ。

 女の所っていうのはあれだ、俺たちがお前にヴァイス退治を依頼してるのと同じで、あいつも人間界の女に化け物退治を頼んでるんだ。

 聞けば世界の平和を守るため張り切って戦ってるらしい。お前さんとはだいぶ違うな」


「まーーねーー」


 ――りおなにそんな大義名分は無いし。

 パパママとか友達があの怪人フィギュアに襲われんのがいやだから戦っているだけじゃし。

 ヴァイスフィギュアをやっつけられるんがソーイングレイピアだけだからにゃあ。

 それ以上の理由ってないけん。


「だがな、『正義のため』だとか言って戦っている奴ほど独りよがりなのが多い。

 立派なお題目だけ唱えてて、目先の自分てめえのことしか考えてねえ連中は世の中ごまんといるからな。そんな連中と比べたらお前の方が断然マシだ。いや、比べること自体まちがってるかもな」


 最後の方は独り言のようにつぶやく。


「ふーーん」


「なんだ、昼飯か? 富樫に送ってもらったらどうだ?」


「それもそうじゃね。部長、ありがとう」


「んん? んーー」部長は新聞に目を落とし声だけで返事をする。


 チーフに連れられ玄関を出ようとするとエムクマとはりこグマも一緒についてきた。

 まさかマグナの店内まで連れていくわけにもいかない。りおなはチーフに目で尋ねた。


「お店に行くまでは一緒に連れていきましょう。エムクマとはりこグマは創られてすぐですからできるだけ密に接した方がいいですね」


「ほうじゃら、家でごはん食べたほうがいいじゃろか」


「いえ、慣れない作業で疲れたでしょう。お昼は外でゆっくり摂ってきてください」


 チーフはりおなとエムクマ、はりこグマを青い車の後部座席へ乗せ自分は運転席に乗り込みドアを閉めた。

 エンジンをかける前にいつもの調子でりおなに淡々と告げる。


「作業は午後にもありますから」




 車はマグナバーガーの店舗近くに到着した。車から降りたりおなは頬を膨らませ視線で精いっぱいの抗議を試みるがチーフは取り合わない。


「私はエムクマたちとドライブしてきますから、お店を出るときは連絡してください」


 彼は外出時用の人間形態の顔でしれっと言い放つ。


「えーー? 今日はもういいんじゃなかとーー?」

 ――返事次第では半日マグナに籠城せにゃいけんな。


 運転席に戻ろうとしたチーフが「ああ、そうだ」と何かを思い出したようにりおなの所に戻る。


「なに?」


 いぶかしむりおなの手をとり、チーフは何かをりおなの掌にそっと乗せた。


「なんじゃ、こりゃ」


 りおなが受け取ったのは変わった形の石だ。

 ――大きさはにわとりの卵とおんなしくらいか。

 水晶みたいに透明じゃし中に光るつぶつぶがいっぱい入っとるにゃ。


 りおなが人差し指と親指で持って陽にかざして見てみると内側の粒は暖色系に輝きだした。

 少しの間持って眺めていると、触れている部分や胸の奥が暖かく感じられた。


「『春の欠片かけら』と呼ばれている物らしいです。あるつてから手に入れました」


 チーフの説明でりおなは我に返った。


「つてって?」


「今朝リビングのソファーで眠っていた大きなウサギの方がいたでしょう。携帯電話の索敵システムと引き換えにもらったんです。

 『常春の国』というところの産物で何者かによって人間界に散逸しているらしいです。

 この石はりおなさんが持っていた方がいいでしょう。何かの時に役に立つかもしれません」


「そう」


「じゃ、そういうわけで後で迎えに行きます」


 チーフは言うだけ言うと車のエンジンをかけ早々に立ち去った。

 エムクマとはりこグマは車のリアガラスに貼りついて、りおなに向かって手を振り続けていた。

 りおなはそれに応じつつも釈然としない気分のまま卵形の石をスカートのポケットに入れ、マグナバーガーの店内に入った。


 店内のメニューで一番ボリュームたっぷりの『メガマグナセット』をトレイに乗せて、りおなは一番眺望のいい三階席に向かう。

 人気が高い店内の窓際のソファーの席はだいぶ埋まっていたが、手ごろな席が空いていたのでりおなは席に座りコーラを飲んで一息ついた。


「あれ、りおなじゃない?」


 聞き覚えのある声で自分の名前を呼ばれたので、りおなが振り向くと二つ向こうの席にしおりとルミがいてりおな名に向かって手を上げている。

 りおなは内心しまったと思いつつも顔には出さず、トレーを持って二人がいる席に座る。


「りおな今日どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」

 ルミが気遣って声をかけてくれる。りおなにはその一言が嬉しかったが、同時に自分が疲れているのを自覚してしまう。


「んーー、ちょっと頼まれてぬいぐるみ創り」


「えーー、なんで? 内職?」


「うん、今度こそ伝説作らんと、ほかに後れをとるけ」


 冗談には冗談で返す。マグナに来た時はひとりでゆっくり過ごそうと決めていたがこれはこれで緊張から解放されて癒される。

 りおなはしばらくぬいぐるみのことを忘れてしおりやルミと井戸端会議に花を咲かせていたが、不意に昨日のことを思い出した。


「なーしおり、昨日ここで何か言いかけちょったけどあれなんじゃったと?」


 ――あーー、そうじゃった、どっちゃかいうとあんまし聞きたくないような話じゃったな。


 やっぱりいいやと言い直す間もなく、しおりが満面の笑みを浮かべる。


「そうなの、やっぱり神様は私のこと見てるんだなと思った」


 何の話だ、と思う間も無くしおりはマグナバーガーのトレイをわきによけ、テーブルの上に昨日も見た卵形のブローチのような小物と携帯電話、卵形の石を並べた。


 怪訝そうな表情を見せるりおなとルミとは対照的にいわゆる『ドヤ顔』をみせたしおりが得意げに話し出す。


「これが私が神様に選ばれたっていう証明」中央に羽の生えた卵の意匠の小物を手に取る。

「リザレクエッグっていう名前で、これを使うとこの世に春をもたらす美少女戦士『ラピッドメディスン』に変身できるの」


「…………」


「…………」


 りおなとルミは口の中に苦いものを無理やり詰め込まれたような表情でお互いを見やる。

 だが、しおりはそんな二人の様子に全く気付くことなく話を続ける。


「それでこの世に冬をもたらす『冬将軍』を倒せるのが変身すると使える杖、『イーストレボルバー』ですっごく強いの。

 で、こっちが冬将軍を捜索するのに役立つ携帯電話。私の相棒レプスって言うウサギが持ってきてくれたの。これでいつ冬将軍が来ても退治できるわ」


 それを聞いたりおなは眉をひそめる。

 ――中学二年の若い身空で、携帯一つに縛られる生活なんていいんか?


 そう思ったが口には出さない。しおりはさらに続ける。


「それからこれが冬将軍を倒すと手に入る『春の欠片』っていうアイテムで、これをたくさん集めるとパワーアップできて冬将軍との戦いもぐっと楽になるの」


 話に興が乗ってきたしおりに対して、りおなは飲み干して氷だけになったカップをカラカラと音を立てながら回し続ける。

 ルミは天井の一点を見つめ前歯の先でフライドポテトをちびちびかじっていた。


「すっごい貴重な物らしいんだけど二人には一個ずつ上げるね。はい、ルミ」


 しおりはテーブルの上にあった一個をルミに渡す。


「……ありがとう」ルミはおざなりに礼を言う。


「それから、りおな」


 しおりはりおなに向き直り、りおなの目をじっと見つめながらバッグからもう一個取り出した卵形の石を石を手渡す。


「お互い頑張ろうね」


 何も話さずとも解っている、というような雰囲気を全身から醸し出すが、りおなもルミもその温度差がいたたまれない、といった感じだ。


 それと同時にりおなは昨夜のことをおぼろげながら思い出した。

 飛行機の翼のような突起をウサギの耳のように生やした変なマスクをつけた変身アイドルのような姿の自分と同じ年恰好の女の子の事を。


 ――あれはやっぱり夢じゃなかったんか。


 とりおなは少しがっかりする。

 それと同時に腑に落ちるところも少しあった。昨日の晩変身したのも夢ではなかったのだ(もふもふは夢に違いないきっとそうだ)。


 ――りおなも変身アイドルやってんのを確認せんのは、同じ変身するものとしての共通認識なんか。

 どっちにしたってものすごい勘違いしてるみたいじゃな。まあ、なんしか触れ散らかされるよりはマシじゃが。


 そのあと買い物に行くからと席を立ったしおりとルミを見送ったあと一人残ったりおなはテーブルに突っ伏し、

「うにゃーーーー」

 とつぶやく。

 巻き込まれたわけではないが陽子とかいう女性といい、しおりといい妙なアイテムを持った女性にやたら遭遇する。


 ――りおな一人にどうこうできる話やないけん。それにどうかしたいとも思わんけど、ここ何日かだけでもいろんなことが起こりすぎるわ。


 伸ばした両手の指をわきわきさせながら突っ伏したままあくびをしてりおなは上体を起こす。


 目がしらにたまった涙を紙ナプキンでふき取ると携帯電話を取り出しメールを打ち始めた。

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