017-3

「物は相談なんだがな、トレードってできねえか? 今降りていったしおりとそいつを交換出来たら、俺はすげえ助かるんだがな」


「お断りします」


 チーフは珍しく笑顔を作って即答する。


「言うと思ったぜ」


 レプスは口の端を上げキバを見せる。


「なかなかのタマだからな。

 冬将軍が目の前にいんのに、寝たまんまやりすごすなんてそうそう出来ねえもんだぜ。

 戦力ってだけじゃねえ、そいつはまだまだ伸びるだろうぜ。だがな」


 奇妙な姿のウサギは、鋭い目つきをさらに鋭くした。


「人間ってのは、意外なところで簡単にもろくなったりするやわい生き物だ。

 俺が言うのもなんだがな、そんな有望株、使いつぶしたりするんじゃねえぞ」

 低い声でチーフに忠告する。


「心得ています」


 チーフも真剣な表情で返す。


「りおなさんは我々の希望の光ですから。

 それにレプスさんが担当されている、しおりさんでしたか、あの方も相当にタフそうでしたが」


「まあな」レプスが相好を崩す。


「俺達も降りようぜ。情報交換もしたいし、何より酒が飲みてえ。こっちの世界はどうにも空気が悪いな、ほこりっぽいぜ」


「ええ、それじゃあ行きましょう」


 レプスは大きく伸びをしてから、錆びたドアを開け下に向かう。チーフもレプスにならいりおなを横に抱きかかえ屋上を後にした。




 りおなが目覚めるとそこは自宅のベッドだった。携帯電話で時刻を確認すると深夜三時十分。まだ起きるには早い。


 ――あれ? なんでこんな時間に目が覚めたんじゃ? 今の今夢は見てないはずじゃが―――

 確か寝ついてすぐぐらいにチーフから連絡があったような、それで一回変身した気もするし、今は寝間着だし何かいろいろあったような気もしたんじゃが―――


「ま、いいや」


 りおなは寝返りを打ったあと、ナイトキャップを目深にかぶった。


 ――こうしてベッドで寝てるんが、何事もなかった何よりの証拠やけん。

 今日は確か土曜日、少しくらい寝過ごしてもバチは当たらんじゃろ。


 りおなは毛布を自分の顔に引き上げ再び眠りについた。




 りおなが二度寝に入るだいぶ前頃、三人の自称業務用ぬいぐるみ達が、事務所兼住居として構えている賃貸マンションにいた。

 そこではちょっとした宴(という名の作戦会議)が開かれていた。


 ぱっと見、精巧な犬のかぶり物をした三人組と、二足歩行する目つきが悪くてキバが生えているウサギ。

 そんな彼らが、膝を突き合わせて酒を飲んでいる様はなかなかに奇矯ききょうな光景だったが、当人たちはそれぞれに楽しんでいた。


「んじゃあそっちも出向で人間界こっちに来たわけか」


 部長はスーツから渋茶色の浴衣ゆかたに着替えて、あぐらをかきながら湯呑みで日本酒を飲んでいる。

 顔がヨークシャーテリアという事を除けば完全に中年オヤジだ。


「ああ、武勇伝語るつもりはねえけどな、気に入らねえ上司殴って、降格というか、左遷というか、人間界送りになっちまった。

 まあ、もといた世界は年がら年中春だからな、飽き飽きしてたってのはあったから、まあ渡りに船だ」


 異世界『常春とこはるの国』から来たという、レプスと名乗った三白眼のウサギは、身に着けていたタクティカルベストやホルスターを外してくつろいでいた。

 フローリングに置かれたクッションの上で、立てひざをついてウオッカをあおっている。


「さあ、二人ともすきっ腹にお酒入れると身体に毒よ。いろいろ作ったから遠慮しないでどんどん食べて」


 課長は作った料理を二人の前に並べる。アスパラベーコンに筑前煮、キノコと山芋のホットサラダ、鶏手羽先のコーラ煮、素揚げして塩コショウを振った板麩いたふなど種類は様々だ。


「おっ、すまねえな」


「んじゃ遠慮なく」

 部長とレプスはそれぞれ料理に手を伸ばす。


「うん、美味いな。おい富樫、仕事もいいがそろそろこっちに来てお前も加われ。酒はメンツが多い方が美味くなる」


 部長はチーフに声をかける。


「ええ、今終わりました。お酒はこっちに来てからは初めてですね」


 チーフはノートパソコンの電源を落とした後、スーツをハンガーラックに吊るしてから、ネクタイを少し緩めてワインとグラスに手を伸ばす。


「では、故郷に乾杯」


 チーフはワインを自分で注ぎ、グラスを自分の頭上に高くささげてから一口飲んだ。


「情報の共有は進んでますか」


 チーフは床に座った二人に倣い、クッションを敷いて(これも“LONG PUPPY”仕様だ)腰かける。


「まあ、ぼちぼちだ。言っても今夜は親睦会みたいなもんだから、固いこと言うな。

 だがそちらの敵を誘導させて人気ひとけの無い場所に連れ出す技術は俺らにとってもありがてえな。

 さっそく明日にでも携帯の機能に組み込むか」


「こっちの索敵機能も本当に助かるぜ。冬将軍が現れてもすぐに対応できる」


 レプスは部長にもらった携帯電話二台を嬉しそうにかざす。


「今までは気配を察知して人気ひとけのないところに誘導して倒させてたんだが、これがありゃ現場にすぐ直行できる。

 鮮度や数を保ったまま倒せるのは助かるぜ」


「鮮度や数って?」


 洗い物をひとまず終えた課長が話に加わる。


「ああ、冬将軍ってのは現れて暴れ続けさすと、動力源になってるこの力が消費されたり劣化して、倒した時の実入りが減っちまうんだ。

 だから今までは赤字続きだったんだがな、敵がすぐ見つかる携帯は本当にありがてえ、あいつにも渡しとかなくちゃな」


「あいつというのは、『イーストレボルバー』という杖を使われているしおりさんですか。どうやって選んだんです?」


「運命の導きに従って……って言いたいところだが、変身アイテムの『リザレクエッグ』を地面に落として、最初に拾ったヤツに任せることにした」


「なっ……! そんな方法で選んで大丈夫だったのか?」


 部長は思わず声を上げる。


「ああ、最初は『ババ引かされた』と思ったが、この携帯があればあれば黒字にできる。要は戦い方一つだ」


「あの、黒字とかいうのはどういう事です? 他と取り引きしているということですか?」


 チーフは質問を重ねる。心持ち声が硬い。


「いや、単純に故郷に帰って新しい装備やらを買い換えるだけだ。そのためにもまとまった量必要でな」


「その中に蝙蝠コウモリの羽に似た葉を持つ植物の種のような物、我々は『種』と呼んでいるんですが、そんな物は無いですよね」


 チーフはワイングラスをトレイに置き、手を組んでレプスに向かう。その口調は質問というよりは、事実の確認のようだった。


「ああ、無い。俺が取引してる相手が扱ってるのは、様々な能力や効果を与えてくれる魔法の石だ、それ以外は無え。

 今言ったのが、あんたらの敵を造りだしてる元凶か」


 チーフは頷いて話を続ける。


「ただ、この世界の人間や我々に仇なすだけではなく我々が来た世界、『Rudiblium』やそちらが来た『常春の国』ですか、どちらにも無い別の世界の技術ですね。


 それが人間世界のぬいぐるみに憑りつき、悪意や暴力をまき散らすヴァイスフィギュアを生み出しています。なにか心当たりはないですか?」


「自分のところ以外の技術か……そいつは厄介だな、わがとこなら対処できなくもないが……なんていう世界のものかはわからないのか?」


「ええ、どこの世界か誰が使役しているか調査していましたが、途中で足取りが途絶えました。また一から出直しです。


 それと……我々が持ち出してきた物はトランスフォンとソーイングレイピア、そちらの世界からはイーストレボルバーですか。

 ほかの方からは『クリスタライザー』と呼ぶのを聞いたんですが、ほかにないか知っていますか?」


「それってあれだろ、空飛ぶイルカに乗って耳の大きなリスみたいなの連れてる女だろ?」


 レプスは手にしていた杯を一息に空ける。


「あれはウサギの俺が見てもいい女だったな。明るく振る舞ってたが陰があるところがなんとも―――

 クリスタライザーの話だったな、俺らにも言ってきたぜ。俺達もそれで『よその世界』ってのが本当にあるって知ったんだ。

 いろいろ話も聞いたぜ、自分たちがよく行ってる世界は『バイオスフィア・オメガ』とか言ってたな」


「『究極の地球』とかいう意味?」


 課長も興味深そうに話に加わる。


「ああ、だがあの陽子とかいう女も、クリスタライザーやらほかの世界に関しては調査中らしい。今までで三つか四つは行き来してるって話だ。

 あんたらのことも話してたぜ」


 レプスは料理を素早く口に運ぶ。


「私たちのことですか?」


「うん、急造っぽいがいいコンビだってな。特にあのりおなって子は鍛えれば自分を超える使い手になるかもってな」


「そうですか」


 チーフはワインの残りを一気に飲み干す。


「そうは言っても何か隠してる風でもあったしな。

 ま、会ってすぐのヤツに手の内全部さらすほどうぶ・・なわけでもないだろ」


「解らないことがあったら、自分たちで調べて突き止めろということですか。

 レプスさん?」


「おう、なんだ?」


「私たちと共同戦線を張りませんか? と言っても一蓮托生という意味合いではなく技術や情報交換が主になりますが」


「いいぜ」


 三白眼でキバが生えたウサギは即答する。


「あんたらが言い出さなかったら、こっちから持ちかけようって思ってたところだ。よろしく頼むぜ、チーフさん」


「富樫、でいいですよ」


「じゃあ富樫ちゃんか、今後ともよろしくだな」


 レプスはチーフに右手を差し出す。


「ええ、今後ともよろしく」


 チーフは差し出された右手を握り返す。


「皆川だ、よろしく頼む」


「寺田よ、役職は課長。よろしくねレプスさん」


 レプスはそれぞれと握手を交わす。


「よし、もう固い話は終わりだ。本腰入れて固めの酒と行こうぜ」


 部長が両手をこすり合わせながら皆に告げる。


「ええ、三人で楽しんでいてください。私は明日の準備をします」


「なんだ? まだ何かあんのか? 仕事熱心すぎんだろ」と、レプス。


「いえ、明日りおなさんに実行してもらうカンパニーシステムのステンシルを用意するだけですからすぐ済みます」


「カンパニー? ステンシル?」


「終わったら説明します。それまで飲んでいてください」


 チーフはネクタイを締め直し、自分のデスクのパソコンに向かう。

 レプスと部長は改めて乾杯し、各々酒を飲み干した。課長は新たな料理を大皿に盛りつける。

 異世界から来た三人の生きたぬいぐるみと、やはり異世界から来た二足歩行のウサギの夜はなごやかに過ぎていった。


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