013-1 尾 行 follow

「大江さーん。『富樫ノート』ありがとー、コピー終わったから返すねー。

 んで、これはお礼」


「んやんや、どういたしまして」


 昼休み中、りおなは隣のクラスの女子から、チーフに書いてもらったノートとお礼の棒付きキャンディーを受け取る。

 フレーバーはキャラメル味、というのを確認してりおなはキャンディーをバッグに入れた。


 ――やっぱし、一番おいしいイチゴ味は人にはやらんもんじゃね。


 りおなは心の中でつぶやき、一人で納得してノートに目をやる。

 チーフが、りおなのために教科書に準じた要綱をノートに書き込んでくれたのが、クラスを超えて学年内で人気を博していた。


 ――要点だけじゃなしに、小テストから中間、期末テストの予想問題まで書いてあるさけ、みんな重宝してるみたいじゃのう。

 所々に描かれてる自画像? もなにげに人気みたいじゃし。

 みんなからは『富樫ノート』って呼ばれて拡散しとるみたいじゃなあ。

 あんまし広まり過ぎると、先生からテスト問題むつかしくされるさけ、警戒せんと。


 ノートを誰が書いたかについては、嘘の無い範囲で

 『近所の世話好きなサラリーマンが、気を利かせて書いてくれた勉強用のノート』

 と周囲に伝えてある。


 ノートの最後に書かれている各々のお礼コメントに目を通したりして、パラパラとページを眺める。

 りおなはノートの作者チーフ本人の事が気になり、バッグに付けてある麻袋を指で押してみた。

 何秒か待ってみたが動きが無い。袋の口を開けるとチーフはいなかった。

 りおなが袋の口を全部開けると、いつもの衣類用の防虫剤が一つと二つ折りになったメモ用紙が入っていた。

 広げてみると、いつもの几帳面な文字で


【部長や課長と『種』の出所を調査しに行きます。

 何かあったらメールしてください        富樫】


 と、書かれてあった。りおなはメモを読んでからバッグに入れて少し考える。


 ――『種』を広めて、フィギュアを増やしている人間が判るんか。

 まありおなも異世界の能力使っとるけん、知らん顔もできんしなあ。


 りおなはしかめ面であれやこれや考えていた。

 が、意識的に思考の流れを切るようにおもむろに大きなあくびを一つした。机に突っ伏し脳を休めるため眠りについた。


 ――考えても仕方ないか、りおなはそもそもバトル担当じゃ。めんどいこと考える担当はチーフじゃな。


 りおなはわざとむにゃむにゃ言いながら、机にしがみついて休んだ。



 その日の放課後、帰り支度を始めたりおなの携帯電話にメールが入った。

 何気なく携帯電話の画面を見るとチーフからだった。

 急に頭の片隅にも無かった『種』の一件が、意識の中央に呼び戻される。

 あわててメールを開いて読むと



【『種』を多数所持している男性を確認、現在部長が張り込みを継続中。

 りおなさんは一旦帰宅して夕食を摂って落ち着いてから、こちらにメールを送ってください。                 富樫】


 

 彼らしい、絵文字も何もない簡潔な文章で用件だけ書かれている。

 ――一旦家に戻ってからっちゅう事は、そこまで事態は切羽詰まってないんか?


 携帯電話をバッグに入れ、りおなは一つ息をつく。

 一緒に帰り支度をしていたしおりとルミに、あいさつもそこそこにりおなは教室を出た。


 自宅に戻り机に向かって宿題をやりだすが、はかどるわけもない。

 それでも何とかやり終えた時、りおなはママから夕食に呼ばれる。

 ダイニングに下りて家族と夕食を食べるが、一家だんらんを楽しめるわけもなく、食事を終えると部屋に戻る。


 窓の外はすっかり暗くなっていた。深く深呼吸をしてからチーフにメールを入れる。

 程なくチーフからの返信が入る。



【車でそちらに向かいます。ご家族に気付かれないように変身して窓から下りてきてください。                     富樫】



 とあった。指示通りトランスフォンを手に取り、ソーイングフェンサーに姿を変えた。

 ――明かりは……消さんでおくか。ママは急用とかない限りは、りおなの部屋は見に来ないじゃろ。


 サッシを開け、音もなく二階から外に下りる。

 りおなが物陰に隠れ変身を解き普段着に戻ると、程なく家の前に青い車が現れた。

 運転席から男が出てきて、助手席のドアを開けながらりおなに話しかけてきた。


「今、部長が張り込み中です。詳しい話は移動しながら説明しますので、早くお乗りください」


 ――チーフけ? 声の感じは一緒じゃけど顔が違うし。

 りおなは内心だいぶ戸惑っていた。


 ぱっと見そこそこ整った顔立ちで短髪、20代後半のサラリーマンといった風貌だ。

 だが予備知識が無ければ、いつものミニチュアダックスフントの顔ではなく、本当にこれといって特徴の無い一般人の顔立ちだ。

 これが本人が言う所の業務用ぬいぐるみか、といらぬ疑いがよぎる。


 男は止めてあった青い車の助手席のドアを開け、りおなが座るのを確認してから丁寧にドアを閉め、自身も運転席に乗り込んだ。

 シートベルトを締め、キーを回しエンジンをかける。クラッチレバーに手をかけ男はりおなに声をかける。


「シートベルトを締めて下さい。交通法規を守るのは心の安らぎを守る第一歩です」


「あー、解っちょる」


 りおなは、、この言い回しは間違いなくチーフだと内心ほっとする。シートベルトを締めた。

 車を出してからすぐ、チーフは本題に入った。


「『種』を所持している人物ですが、どうやら男性のようですね」


「男の人?」


「はい、ざっと調べたところ、近くの大学に籍を置いているようです。

 が、あまり出席せずに家に閉じこもってMMO、いわゆるオンラインRPGに興じていて、直接的な社会交流はだいぶ苦手、そんな人物像のようですね」


「ふぅん」


 ――あんまし話したくないにゃあ。


「一番確認しておきたい問題は『種』を発生させる、あるいは操る方法の確認ですね。

 おとなしくこちらの話を聞いて、『種』を明け渡してくれるといいのですが」


「…………」


 りおなは少し緊張しながら、窓の外を流れる風景を眺める。

 あまり最悪の事態は考えないようにと意識はするが、気持ちを自由にコントロールするのは難しい。

 しばらくの間二人とも無言になり、二人を乗せた車は静かに目的地に進む。


「着きました。ここから先は徒歩で行きましょう」


 チーフはコインパーキングに車を停め、りおなを促す。

 二人が着いたのは、繁華街から離れた比較的閑静な住宅街だった。


 表通りには建売の住宅や賃貸アパートなどが立ち並んでいる。りおなの視線は人気ひとけが少ない通りで佇んでいる人影を捉えた。

 身長は160cmくらいだろうか。

 一か所にとどまらずあちこちウロウロしながら、視線は常にアパートの一角に注がれている。


「部長」


 チーフが離れたところから声をかけると、人影はりおな達の方を振り向いた。

 そのいでたちは、りおなをまた違う意味で沈黙させた。


 顔立ちはどこにでもいる中年男性だったが、その頭には灰色のハンチングが載っている。

 スーツの上に羽織っているのは、よれよれのトレンチコートだ。

 ――絵にかいたような探偵か刑事のかっこうじゃな。かえって怪しまれるんじゃなかと?



「おう、お前たちか、今の所向こうに変化はない。おとなしすぎるぐらいだ。

 さっさと『種』をばらまいてヴァイスフィギュアを出してくれりゃ俺たちが犯人を取り押さえられるんだがな。

 まあ、もちろん俺たちじゃヴァイスの相手は無理だがな」


 部長がそこはかとなく物騒な事を言い出す。


「部長」チーフが声をかける。

「我々は警察ではありませんし、はっきりとした証拠をつかまない限り相手はあくまでグレーです」


「解ってる、そう堅いこと言うな。こっちは相手の割り出しが済んでからこっちずっと張ってたんだ。むこうはコンビニに一回寄ったっきり動きが無い」


 そこにコンビニ袋を提げた大柄な男が近付いて来た。


「部長、お疲れ様。差し入れ買ってきたから一休みしたら?」


 声を聴けば一回で課長だと解ったがりおなはまた少し混乱する。

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