第55話
二人だけの秘密の話をしよう、との
卵を割って溶きほぐす奏ちゃんに「ねえ」と私が呼びかけると、「なあに?」と返事をしてくれた。まるで、4歳くらい上のお姉ちゃんか、あるいはお母さんが妹や娘に対して見せるような微笑みとともに。
「…その、奏ちゃんがはじめて、をしたときって、どんな雰囲気だったの?」
奏ちゃんは砂糖と室温に戻したバターをゴムベラで混ぜながら、ゆっくり話してくれた。
「あれはちょうど2週間前の土曜日…そうか、もう2週間経ったんだ。私もまだそんな実感ないのだけどね、天気予報が外れて突然、私たちの練習が終わった頃に土砂降りの通り雨が降った日があったよね」
私がうなずくと奏ちゃんは続けた。
「そのとき私は
私が計ってからアーモンドプードルと合わせてふるっておいた小麦粉をバターに加えると、奏ちゃんは一息置いて手を動かしながら顔だけ私のほうを向いた。
「だからね
「そうなのね。ところで、痛いとか血が出るとかって…本当?」
私からの質問に奏ちゃんは手を止めて一瞬、視線を宙に泳がせると、静かに首を縦に一度、振った。
「実梨ちゃん、そんなに不安そうな顔をしなくてもいいよ。彼氏がいる以上、実梨ちゃんにも遅かれ早かれそのときは来るはずなんだから。それに、そのときは驚きこそするけれど苦痛よりもいい意味での興奮のほうで頭がいっぱいになるよ」
本当に奏ちゃんは私の何段も先の階段を行っているような気がした。この感覚、遠い昔に味わったことがあったような。
「奏ちゃん…なんかこれ、小学生のときに似たような思いをしたことがある気がするわ」
「ああ、生理のこと?」とクスッと笑う奏ちゃんは生地を四等分してミニパウンドケーキ型に流しこむと、予熱しておいたオーブンに入れてスイッチを押してからこう言った。
「まあ、確かに似てるかもね。もう、実梨ちゃんったらそんなに私を遠い存在のように見ないでよ。どちらにしてもそれらを経験したことの遅い早いがオトナ度の物差しとは関係ないと私は思うけどな」
「そうは言うけど、やっぱり自分の知らない世界を経験してる人はそれだけで私からはオトナに見えるよ、なんとなく」
「そういえば、実梨ちゃんの、なんとなく、ってものすごく久しぶりに聞いた気がする!」
たった今の奏ちゃんからの指摘で、私はどこか我に返った感じがした。確かにかつての私には何をするにも明確な意思なんてなくてすべての物事を、なんとなく、で決めていたし、自然とそれが口癖にもなっていた。だけど、いつの間にか自分がこうしたいというのを素直にはっきり表現するようになっていた。私も、少しだけどオトナになったのだろうか。
洗い物をしているうちにオーブンからピー、ピーと音が鳴った。パウンドケーキが焼き上がり、奏ちゃんと二人で「いただきます」と手を合わせていると、玄関のインターホンが鳴った。玄関に向かって部屋へ戻ってきた奏ちゃんの後ろには遼弥くんがいた。聞いたばかりの話のせいだろうか、遼弥くんの顔が直視できない。
「おう、実梨、どうしたんだ?なんか俺、変か?」
「な、なんでもないよ、遼弥くん!」
二人のラブラブタイムを邪魔するまいと、私は熱々のパウンドケーキをそそくさとダージリンで流し込んでから奏ちゃんの家を後にした。
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