第三節 お茶のお代り
「お湯、入れましょうかい?」
突然かけられた声に驚いた蘭香は、うっかり肘で湯呑みを倒してしまった。幸い中の茶は呑み干していたので大事には至らない。何事かと思って脇を見れば、店員が
「なによ、これから敵をなぎ倒すいいところだったのに」
「はい?」
「……なんでもないわ。ああ、お湯ね。入れてちょうだい」
卓上の急須の蓋を取ってやると店員が中に湯を注ぐ。なみなみと注ぐ先から湯気が立つ。店員はぺこりと頭を下げるとまた別の席へ湯を注ぎに行った。蘭香は急須の蓋を閉じると手持無沙汰に取っ手を持ってこれを揺らした。
さて、どこまで考えていたか。確か無法者たちが店に押し入り、その手下たちが襲って来たところまでだ。さあ、その後はどうする? ただ斬り伏せて回るのは簡単だが、どうにもそれでは面白くない。
ぐるりと視線を店内に向ける。何か武器になりそうなものは……あった。
今しがた去っていった店員の薬缶、あれは武器に出来そうだ。そもそもあの中には熱湯が入っている。浴びせ掛ければ誰もが怯む。その腰に巻いた手拭いも鞭のように使えば有用だろう。いやそもそも、卓や椅子も使いようによっては武器になる。天才的な武芸者とは周囲のあらゆるものを武器に出来るものだ。それこそ、あの箸や匙の類だって武器に出来よう。
(うんうん、なんだかワクワクしてきたわ!)
一人周囲を見渡してはニヤニヤと微笑を浮かべるので、店内の客は横目でそれを見やってはひそひそと囁き合った。あの娘、どこぞから逃げてきた狂女なのでは、と。
そんな事とは露知らず、蘭香は首を捻ったり、あるいはまたこくこくと得心したように頷く。どうやら店内のあらゆる品を武器にする用法を思いついたようだ。急須から淹れたての茶を湯呑みに注ぎ、ぐいっと呑み干す。そして予想外の熱さに舌を突き出してひぃひぃ言い出す。
舌の痛みが引いた頃、蘭香はまた肘を突いて中空に視線を投げた。
(そうよ。雑魚どもを片付けるのに刀を抜くなんて勿体ないわ。取り巻き連中は適当にあしらってしまえばいい。一番強い奴にだけ本気を出す、それが格好いいわ!)
パンッ、と両手を店中に響き渡るほどの音量で叩く。誰もが驚いて蘭香を見たが、彼女一人がそれに気づいていない。
「そうだわっ、それが良い!」
なにがどう良いのか、他の者には一切なにもわからないのであった。
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