曲がり角の君

 図書室を出ると同時に左手を向く。するとすぐそこの角を彼女がぎる。ほんの一瞬だけ後ろ姿を垣間見せて、そして忽ちいなくなる。

 それは僕が独りきりの時にだけ、必ず起きる現象だった。

 最初は偶然だと思った。僕が図書室を出るタイミングで、たまたま誰かがその角を曲がっている。それだけの事だと思っていた。

 でもそのうちに、いつも角を曲がっていくのが同一人物だと気が付いた。興味が湧いて、駆け足でその後を追った。

 けれど一度も追いつけなかった。

 彼女は僕の視界から逃れるのと同時に、雲か霞のように消え失せてしまうかのようだった。

 そんな事を繰り返すうち、僕は彼女に恋をした。

 真っ直ぐにぴんと伸ばした背筋。流星のように尾を曳く黒髪。細い足首に揺れる制服のスカート。そんなものしか知らないのに。話すどころか顔すら一度も見た事がないのに、僕は彼女に焦がれていた。

 でも、駄目だった。

 どうしても追いつきたいのに、どうしても追いつけない。

 そんな関係のまま、僕は卒業式を迎えた。



 それから2年と少し。

 僕は教育実習生として母校に戻った。

 指導教諭と現職の恩師たちに挨拶をして、それから小走りに図書室へ急ぐ。中に入って呼吸を整え、それからドアを開けて左手を見た。

 きっともう現れないだろうと思っていたのに。

 曲がり角を、彼女が過ぎた。

 そしてその時、これまでにない事が起きた。

 彼女はほんのひと呼吸分だけ足を止めると、


「おかえりなさい」


 振り返りはせず、けれど鈴鳴りのような声で確かに言った。





※以上はキキ様よりの原案「いつも同じろうかで、ふと見ると角を曲がる人を見かける。ただし独りの時に限る」を元に創作したものです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る