遠くの私へ

 小さな頃から、私はこの住宅街に住んでいた。

 同じくらいの年頃の子供は誰もいなくて、いつも一人で寂しく遊んでいた。昼過ぎのベッドタウンは人気どころか物音もなくて、まるで世界に私独りきりになったような気さえしていた。

 そんなある日の夕暮れ。

 私は一人の少女に出会った。少女、と言ってもそれは今の私からすればの事で、当時の私にとっては随分なお姉さんだった。

 彼女はひたすら遠くへ向けて、大きく手を振っている。愛惜を込めてのものであると、子供心にも知れた。

 だけど不思議な事に、彼女の見る先には誰一人も存在しないのだ。


「誰へ手を振っているの?」


 子供の人懐っこさで、近寄って尋ねた。

 すると彼女は私を見て優しく笑って、


「大きくなったらわかるわ」



 それから四半世紀弱。

 私は今日、この街を出る。嫁いで住み慣れた家を出る。

 迎えが来るその前にと、幼い頃からの思い出に浸りながら、あちこちを散策した。

 相変わらず世界に人が絶えたようなその風景の中で、私は一人の少女を見た。あの時の少女だとひと目でわかった。彼女は時間を重ねていなかったから。

 愛惜を込めて。

 彼女は大きく手を振っていた。

 やがてふと動きを止めると、誰もいない隣に向けて微笑みかける。

 きっとそこに、あの日の私がいるのだろう。

 そう思ったら切ないような、寂しいような心地になって、私は遠くの私へ手を振った。






※以上は魚君 太陽様よりの原案「人気のない住宅街を歩いていると、前方に、手を振っている女の子の後ろ姿がある。しかし、女の子が手を振っている方向には誰もいない」を元に創作したものです。

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