父帰る

「お父さんがさ。まだ、たまに帰ってくるんだ」


 不意に友人が切り出したので、多分私は怪訝な顔をしてしまった。

 だって彼女から、父親とは死別したのだと聞いている。


「えと、その、憶え違いだったらごめんだけど……亡くなられたんじゃなかったっけ?」

「うん。わたしが中学の時に死んでるよ。でも、帰ってくるんだよ」


 聞けば夜、いつも彼女の父親の帰宅の頃に、ドアの開く音がするのだという。

 勿論駆けつけても玄関には誰もいない。


「音だけで、どうしてお父さんだってわかるの?」

「今はもうリフォームしちゃったんだけど、お父さんが生きてた頃のうちのドアってすごく立て付けが悪くてね。開け閉めするたびに『ギィィィィ、ガコン』って感じのひどい音がしたの。時たまの玄関の音はね、その昔の音のまんまなんだ」


 まだ悪いドアのままだと思い込んでるんだねと、友人は少し寂しく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る