犬が騒ぐ

 ある日突然近所の女が、「犬がうるさい」と怒鳴り込んできた。

 だがうちの犬は半月前に老衰で死んだばかりである。うるさくしようもない。

 しかもこの女、確か年若くして霊媒だの霊感だのを謳った怪しい生業に就いていたはずではなかったか。職業に貴賎はないとは言うものの、どうしたってそれは建前だ。こうした場合はどうしたって色眼鏡が働く。

 そんな胡乱な輩が、何を偉ぶって見当外れの講釈を垂れに来たのだと腹が立った。


「わかったらアイスを買って供えてあげなさい! いつも食べてるカップアイスの安いヤツでいいから。やっすいヤツで!」


 だがそんな怒気も続く意味不明の台詞で雲散霧消してしまった。

 ぽかんと間抜け面を晒した俺の前で女はふんと鼻を鳴らし、


「犬がね、蓋を舐めるばかりじゃなくて全部食べてみたかったってずっと騒いでるのよ! わかったら必ず供えなさいね!」


 それだけ言うと、嵐のように女は去った。

 後に残された俺はしばらく考え、それからコンビニに行った。



 翌朝。

 どうせ溶けるばかりに決まっていると犬の遺影に供えたカップアイスは、舐めたように綺麗に空になっていた。

 正直、何かの間違いだと思いたい。

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