桜絨毯

 夕食の買い物の帰り、少し足を伸ばして公園へ寄った。

 その公園の池周りには桜が植えられていて、実像の桜と水面の鏡像とが、艶やかな二重奏で目を楽しませてくれる。

 けれど昨夜の風が強かった所為だろうか。池は蓋をされたように花びらで覆われていた。


 予期していた光景ではないけれど、これはこれで美しいものだ。

 まるで歩いていけそうな桜の絨毯じゅうたんに目を細めた時だった。

 

 ちゃぷん。


 小さく、水音がした。

 見れば花絨毯のその下から、白い手が突き出ていた。

 手は、ゆっくり私を差し招く。

 不思議と恐ろしくはなかった。今ならばきっと、地面のように桜を渡っていけると、確信めいて思った。


 でも。

 私は目を閉じて首を振った。

 家には家族が待っている。腕の中の大切な日常を投げ捨ててまで、いざないに応じる気にはならなかった。

 

 そんな私の心を見透かしたように。

 手は別れを告げて左右に振られ、そして桜の下に沈んだ。

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