神在月

 私の勤める旅館には、ひとつ特別な小会場があります。

 慶雲けいうんと呼ばれるそこは、毎年十月になると締め切って、どなたにも提供しません。


 けれど不思議な事に、締め切りの期間中は毎晩、その慶雲の間へ料理が運ばれているのです。

 それも一人分ではありません。

 数十人分の料理が作られ、空っぽになったお膳が厨房に戻ってきます。

 仮令たとえお忍びの貸切があったとしたって、そんな人数が押しかければ従業員に分からないはずがありません。

 けれど誓って、そこへお客様はいらしていないのです。


 一体どういう事なのかと、古参の仲居さんに訊いてみた事があります。しかし彼女は笑って首を振るばかりでした。


「そのうち、あなたにも見えるよ」


 ただそれだけを言われました。

 どういう事なのか、さっぱり意味が分かりません。

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