ホスピタルクラウン

 ホスピタルクラウンというものをご存知でしょうか。

 簡単に言ってしまえばその名の通り、病院にやって来る道化師クラウンの事です。重苦しく行き詰まった空気になりやすいその場所で、和やかに笑いを振りまくのが仕事です。

 実は私も高校生の頃、怪我で数ヶ月の入院を余儀よぎなくされた事があります。

 その時たまたまやって来たホスピタルクラウンに、病室での鬱屈うっくつをすっかり払拭ふっしょくしてもらったのです。

 私が今、医療関係の仕事に従事しているのは、その時の思い出があるからかもしれません。


 そんな私の勤める病院にも、ホスピタルクラウンがやって来る事になりました。

 年甲斐もなくドキドキして、様子を覗きに行きました。

 するとそこに居たのは、あの時のクラウンだったのです。

 頬に紅をさして、鼻をつけただけ。殆どノーメイクのままの顔ですから、見間違えるはずはありません。

 でも不思議でした。私と会ったのは十数年も前の事なのに、彼はその頃と変わらないまま、少しも歳を取っていないのです。

 

 視線に気がついたのか、ふっと彼が目を上げました。私と目が合いました。

 彼の顔には一瞬で理解が広がって、それから道化師は悪戯っぽく、片目をつむって見せました。

 驚きが通り過ぎた後の私はそれだけでなんだか楽しくなってしまって。

 ひとつ頷いてから、笑顔でウィンクを返しました。

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