夏影

 僕には姉の記憶がある。

 共働きだった両親に代わり、彼女がいつも僕の面倒を見てくれていた。その顔も声も、好きなものも嫌いなものも、全部鮮明に覚えている。

 けれどある夏の日、一緒にテレビを見ていた姉はふらりと部屋を出て、それきり戻って来なかった。


 父に訊いても母に尋ねても、僕には姉などいないという。生まれてこのかた一人っ子で、姉妹どころか従姉妹すらいた事がないのだという。

 それでも、僕には姉の記憶がある。



 今でも夏の午後に一人で居ると、ふっと懐かしい気配が差す事がある。 

 僕と同じくらい大人になった姉の影が、淡く通り過ぎていった。

 どうしてか、そんなふうに思えてならない。

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