秘湯

 スーパー銭湯にハマった。

 温泉巡りよりも圧倒的に手軽で気楽で安上がりで、おまけにとてもリフレッシュした気分になれる。

 休日は近場の風呂屋の場所を調べて、あちらこちらと行き歩くようになった。


 そんなある時、素晴らしくいい銭湯に出くわした。

 本来は別の風呂屋へ向かうつもりだったのだが、なんともこう、俺の感性にぐっと来る感じのつくりであったので、思わず目的地を変更した。


 一目惚れは良縁で、実にいい風呂だった。

 特に露天風呂が素晴らしい。何かを焚き込めてあるのか、ひどくいい香りのする湯で、そこにばかり長く浸かってしまった。

 湯上りの食事も大変美味で、ここは絶対贔屓ひいきにしようと心を決めた。


 しかし次の休日も次の次の休日も、その風呂屋には辿り着けなかった。

 確認しながら帰ったから道に間違いはないはずなのに、あるはずの場所にはビルしかない。

 そしてなんとした事か、その銭湯の名前すらもが気づけば記憶から消え失せている。切歯扼腕の思いだった。


 けれどあれは夢幻ではないはずだ。

 証拠にあの風呂で体に染みた芳香は、今もまだ消えないでいる。

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