帰ってくる

 夜が更けると、死んだあの子が帰ってくる。

 か細い力で戸口を叩き、家に入れてもらいたがる。

 けれど駄目なのだ。迎え入れてはならない。

 あの子は死んだもので、私はそれをよく分かっている。ドアを開けてしまったら双方にとって不幸が起きると、今が壊れてしまうと承知している。

 それは万有引力のようなルールなのだ。

 私たちだけは違うはず、なんてかそけき希望、願望に縋り付いて、私はあの子を二度も失いたくはない。


 今夜もこつこつとドアが鳴る。

 夫にはこの事を話してはいない。教えたところで信じもしないだろう。高鼾たかいびきの彼には告げず、私は布団を抜け出して、魚眼レンズからあの子を覗く。

 悲しげに、寂しげに。あの子はノックを繰り返す。

 私は決して答えない。

 家のうちで息を殺して、扉向こうのあの子の姿をただ愛しく見つめている。

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