ちょっとだけ

 裕子ちゃんが死んだ。

 家が近所で小中と学校が一緒だったから、お義理で葬式には行ったけれど、あまり彼女にいい思い出はない。

 はっきり言って、嫌な子だった。

 私についてまわっては、私の持っている物、大事にしている物を欲しがった。

 断られるなんて夢にも思っていない、傲慢な笑みで言うのだ。


「ちょっとだけ貸して。すぐ返すから」


 それはまるで口癖だった。

 そして持ち去られた私の物は、壊れるまで裕子ちゃんの物だった。


「壊れちゃったけどいいよね」


 返される時は必ずその台詞と一緒だった。

 強く言えない、私の気質にも問題があったのだろう。けれどの彼女の欲しがり様は度を越していて、高校が別になった時は心の底からほっとした。

 葬儀から帰って、そんな昔を思い出したら陰鬱になってしまった。

 きっぱり忘れてしまおうと床に就く。すると裕子ちゃんが夢に現れた。にやにやと例の笑みを浮かべて、


「ね、あんたの体、ちょっとだけ貸して。すぐ返すから」


 積年の恨みというのは恐ろしいものだ。

 もう反射的としか言いようのない速度で、私は全力のグーを彼女の鼻頭に叩き込んでいた。そして天井へ向け拳を突き出したままの格好で目が覚めた。


 彼女の夢は、それきり見てない。

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