空穂舟

 湖に釣り糸を垂れていると、強い引きがあった。

 すわ大物と勢い込んで、だが仕掛けがバレないように慎重に竿を上げる。

 しかしかかっていたのは、魚ではなく箱だった。どうやら装飾の一部に、針が食い込んだものであるらしい。

 釣り糸を外してしげしげと箱を見た。

 大きさは両の手のひらに乗せて余るくらい。素材はよく分からない。金属めいても見えるが、釣り上げられる程度には軽い。湖水に長くあった所為か、ひんやりと冷たかった。

 それにしても随分丈夫な作りのようだ。水苔みずごけがむしてこそいるが、どこにも損壊は見られない。

 一体何が入っているのだろう。

 開けてみようと思った瞬間、まるでその考えを察したように、箱の中からがりがりと音がした。それは丁度鋭い爪で、掻きむしるような音だった

 きっと、早く出せと催促しているのだ。


 箱は再び湖中に投じ、竿をたたんでその日は帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る