吹き込む

 小さい頃、風船をもらった。

 親戚一同が居合わせた場という記憶があるから、正月か、法事か、そんな行事の折だったのだろう。

 もらったはいいが、当時の私の肺活量では膨らませられなかった。

 力いっぱい力んでも、少しも大きくなりはしない。やがて口も疲れてげんなりとしてきた。

 そこに、


「吹き込んであげようか」


 知らないおじさんが声をかけてきた。この場に居るのだから親類だろう、悪い事はしないだろうと風船を渡すと、たちまちのうちに膨らませて、はい、と返してくれた。

 お礼を言って受け取ると、風船の表面がもこもことうごめいた。

 おかしな具合に凹凸が生じて、まるで大きな口のようになった。ご丁寧に牙を模したような突起までも備えている。

 それは大口を開けて私に噛みつき、私は大声で泣きわめいた。

 聞きつけた親が飛んできた時には、もう風船は破裂して跡形もなかった。そしてあのおじさんもまた、影も形もなかった。

 ただ風船に噛まれたその痕だけは、今も私の腕に残っている。

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