手鏡の女

 祖父の手鏡には女が居る。

 こちら側にはいないのに、鏡の中には確かに女が居るのだ。

 祖父はその鏡を大層大事にしていて、いつも綺麗な布に包んでしまいこんでいた。

 俺が女を見たのはただ一度。

 祖父が入院した際に固く頼まれて、家まで鏡を取りに行った折の事だ。


 どうしてそんなにこの手鏡に固執するのか、興味が湧いて布をほどいた。

 すると鏡面に俺は写らず、かわり女が居た。

 女は大層美しかった。喋る事はなかったが、こちらが見えているようだった。もの問いたげに小首を傾げられて、我に返った。

 大慌てで包みなおして、病院へ持っていった。あれが誰であるのか。なんであるのか。詳しくは聞けなかった。

 ただ祖父が晩婚であったのも、鏡の女と関わりがない事ではないのかもしれないと思った。

 


 祖父の葬儀の後、形見にあの手鏡を所望した。男の子なのにと笑われたが、爺さんだって男だったろと言い返して奪い取ってきた。

 家に帰って覗いたが、鏡中に彼女はいなかった。

 祖父を追って消えてしまったのだろう。少し、残念に思った。

 喪服を着替え、忘れないうちにとそのポケットから財布と携帯を抜き出す。そこで思わず声が出た。


 携帯の待ち受け画面にあの女が居た。

 女は、にこりと俺に微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る