スライド
宿泊先は、なかなかに感じのいい旅館だった。
料理は美味いし、温泉もある。
特に風呂は気に入った。源泉から湯を引いているそうで、実によく温まって疲れが抜けていく心地がする。
24時間入浴自由との事だったので、夜半、寝る前にもう一度浸かりに行った。
湯へ向かう途中、ぱたぱたと子供に追い抜かれた。
小学生くらいの小さな子だった。
俺を追い越してその先の角を曲がって、そしてそこからちょこんと顔を覗かせる。体は曲がり角の向こうに隠れて、頭とその下に添えた両の指先だけが見えている。
にこにこと笑っていた。
随分人懐っこい子だな、と思った。宵っ張りなのも上機嫌なのも、旅先ではしゃいでいるからだろう。自分にも同じような浮かれ気分があったので、俺は仲間意識で笑顔を返した。
すると、つうっと。
子供の頭だけが上に動いた。
天井近くまで持ち上がって、そこで止まった。しかし壁に添えた指先の位置は少しも動かず、そのまま元の高さにある。
子供は、相変わらず笑顔のままだ。
言葉もなくどれくらい見詰め合っていただろうか。
上がった時と同じく唐突に、つうっと首がスライドして降りた。元の背丈に縮んだ子供は、顔と指とを見えない側へ引っ込める。
ぱたぱたと遠ざかる足音と楽しげな笑い声が、廊下にはいつまでも残った。
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