さかしま
基本的に、俺は動じない人間として知られている。
だが目を覚ました時、目の前に女の顔があったのには流石に驚いた。
女は逆さだった。
二本の足で天井に立って俺を見下ろしている。いや、女からすると見上げている事になるのか。
彼女が身に着けているのは、きっちりとした印象の制服だ。どこかの会社のものだろうと思われた。その上着もスカートも、彼女の側の重力に従って、
ただ何故か黒く長いその髪だけは俺の側の、地球の重力に従うようだった。だらりと垂れ下がって、俺の胸元でとぐろを巻いている。
しかし見覚えのない女だった。心当たりもなかった。だがこうしている以上、何か恨み言でもあるのかと発言を待ってみる。
けれど何も話さない。瞬きもせずに、じっと俺を見つめるばかりだった。
「言いたい事があるなら早めに頼む」
目は口ほどに物を言う、などとはいうものの、流石に睨まれるだけでは分からない。
洗顔と着替えを済ませ、朝食を摂る。女はずっとその後をついてきた。物にぶつかる事はないようだが、やはり髪だけは床に擦れてさらさらと音を立てている。
もし食卓の上に髪を垂らしたら文句を言ってやろうと思ったのだが、女はそんな不調法はしなかった。
「言いたい事があるなら今のうちだぞ? 夜まで帰ってこないからな?」
出がけにそう訊いたのだが、やはり返答はない。
さかしまに天井に立ち尽くすばかりだ。
仕方なしに戸締りをして仕事に出た。
帰宅すると、女はもういなかった。
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