覗き込む

 祖父は碁打ちだった。

 それはとても因果な性分で、一度打ち始めたら最後、時間など気にもかけない。碁敵ごがたきの家に出かけてはいつまでも帰ってこないのが日常茶飯事だった。

 そしてそんな祖父を迎えにいくのが、幼い頃の私の仕事だった。

 これはその祖父が、夕暮れの帰り道でしてくれた話だ。


 昔、縁側でやはり碁に興じていると、ふっと碁盤に影が落ちた。

 誰が来たのかと顔を上げると、なんと狐が人がするように立て膝をして碁盤を覗き込んでいる。驚いて、


「おい狐だ」


 と声を上げると、狐は大慌てして逃げていき、それきり現れる事はなかった。


「あれは上手く化けたつもりの狐だったんだろうなあ」


 そう呟いてから祖父は、「まったく惜しい事をした」と深く嘆息した。


「わざわざ覗きに来るくらいだから、碁好きだったに違いない。仕込んでやれば一角ひとかどの打ち手になったかもしれん」


 やはり碁打ちとは、因果極まる性分なのだと思った。

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