いや、悪事には手を染めてるんですけどね



 ダムに沈む赤い夕日の夢を見た――。




 夜中だというのに晶生は目を覚ます。


 人の気配を感じたからだ。


 ……霊?


 人間?


「……誰?」

と身体を起こさないまま呼びかけてみたが、返事はなかった。


 まあ、霊だろが人間だろうが、こんなとき、誰と問われて返事するやつ、あんまり居ないけど、と思って目を閉じ、寝てしまった。




「何故、そこで寝られるわけ?」

と昼休み、廊下で話していた凛に言われた。


 窓から、いつか沐生たちがロケをやっていた方角を見ながら晶生は言う。


「いやだって、どうせ、なにが居てもなにもできないし」


 そう言ったとき、背後に真田が立っているのに気づいた。


 昨夜の怪しいなにかとは違い、まったく気配を消していなかったからだ。


「どうしたの、真田くん。

 渋い顔しちゃって」

と晶生が言うと、


「……お前、あのあと、何処連れ去られたんだ」

と真田は言ってくる。


 あのあと、真田は一応、うちの親に連絡してくれたようなんだが。


 常日頃から堺さんに丸め込まれている親は、

「あらそうなのー」

と笑っているだけだったようだ……。


 そんなことを考えながら、晶生は真田に言った。


「いや、ちょっとした事件現場にね」


「ちょっとしたカフェみたいに言うなよ」

と言う真田の側から、凛が、


「ちょっとしたカフェの方が意味わかんないわよ。

 どんなのよ、ちょっとしたカフェって。


 ちょっとでもカフェなら、カフェじゃないの」

と屁理屈を言っている。


 そのとき、晶生はポケットに入れていた携帯が震えたのに気がついた。


「学校で電源入れてんなよ」

と言う真田に、うんうん、と返しながら、晶生は携帯を見た。


「……全員の指紋が出た。

 血痕はなし」


「どんなメッセージが入るんだよ、女子高生の携帯に」

と呆れたように言う真田の前で、晶生は携帯を手に考えながら、つい、窓の辺りを行ったり来たりしてしまう。


「堺さん、巫女さん、事務所で触った人間、と知らない人の指紋が複数出たみたい。

 ハサミを納入した業者かもね。


 ……じゃあ、あのハサミの指紋はまったく拭き取られてないってこと?」


 うーん、と晶生が言ったとき、隣のクラスの若い男性教諭が廊下を通りかかった。


「こらっ、学校でスマホを使うなっ」

と怒られた晶生はおのれの手にある携帯を見て、


「……ガラケーですが」

と言う。


「……お前、まだガラケー使ってんのか。

 いい加減、スマホにしたらどうだ」

とお前は何処の携帯会社の回し者だというようなことを言って、教師は去っていった。


 別にガラケーならいいわけでもないだろうが。


 すでにいろんなサイトがガラケーから撤退して、つながるところも少ないし、LINEもできない。


 そもそも律儀に古い携帯を持っている時点で、なんの悪事にも手を染めそうにないうえに、流行りの犯罪に巻き込まれようにも巻き込まれることもできないからだぅか。


 いや、悪事には手を染めてるんですけどね、先生。


 ちょっと此処でも何処でも言えませんが……と思いながら、晶生はガラケーをしまおうとした。


 凛が言う。


「でも、晶生がガラケー持ってると、なんか怪しい場所につながりそうよね」


「スマホでもつながるよ、こいつなら」

と言いながら、真田はまだ渋い顔をしていた。



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