積年の恨みを今、此処でっ



「早く帰れよ」

と言って、堀田たちが去ったあと、晶生たちは恵利の居るスイーツの店へと向かっていた。


 歩く道中、晶生は訊いた。


「ねえ、凛。

 さっきの女の人、知ってる?」


 さっきの? と言ったあと、凛は間を置く。


 南央の姿を思い返していたようだ。


「いや、知らないけど?」


 しばらくして、そう言った凛の言葉に嘘はなさそうだった。


 だが、あの女はおそらく、凛を知っている、と晶生は思った。


 石塚南央は、凛を見て、明らかにビクついていた。


 ただ知っている、という感じではなかった。


 そして、堀田もそのことに気づいていたようだ。


 石塚南央は、何故、凛に話しかけなかったのだろうか?


 凛が自分を知らないと知っていたから?


 では、一体、彼女は凛と、どういう知り合いなのか。


 ちょっと見かけたことがあるとか言うだけなら、その場で言いそうな気がする。


『お会いしたことありますよねー』

とか、


『お見かけしたことありますよー』

とか。


 だが、南央は、凛にビクつくおのれの姿を堀田たちにも見られていたとわかっていて、知らぬふりをしようとした。


 何故?


 なにか言えないわけがあるとしか思えない。


 それにしても、と思いながら、晶生は今、南央にもらった菓子の話をしている真田と凛を眺めた。


 他の誰でもない。


 『凛』を見て、ビクついた、というのが気になるんだよなー、と思いながら。






「こっちは降り出したわね」

と傘を差し、紫陽花の前で堺が言う。


 鎌倉の寺に、沐生たちは撮影に来ていた。


 紫陽花に霧雨が降り注ぎ、絵になるので、監督は喜んでいるようだった。


 堺は曇った空を見上げ、

「ダムに降ればいいのにね。

 このままじゃ、渇水になるわよ」

と沐生に向かい言ってくる。


 そのとき、

「すみませんっ。

 俺がやりましたっ」

とADのひとりが助監督に謝っている声が聞こえてきた。


 なんとなく、堺の後ろを見る。


「移動してないわよ、あの霊」

と堺は言った。


 確かに、あの霊は、今、堺の後ろで、紫陽花に頭を突っ込み、土下座をしている。


 気がつくと、堺は無言でこちらを見ていた。


 その様子に、なんとなく身構える。


 すると、堺は、さっと後ろを向こうとした。


 思わず逃げると、

「……あんたを土下座させてやる」

と堺は言い出した。


「あんたの高慢そうな顔見てると、地べたに這いつくばらせたくなるのよっ。


 此処で洗いざらい話すといいわっ」


 義理の妹を手篭めにしてることもねっ、と言いながら、堺は、タックルを仕掛ける前の選手のような体勢になる。


 どんなマネージャーだっ、と思ったとき、スマホが鳴った。


「早く出なさいよ、晶生よっ」

と堺が叫ぶ。


 何故、わかるっ!? と思いながら出たのだが、本当に晶生だった。


 晶生は交通量の多い道の側で話しているようで、少し聞こえづらい。


「……田所さんに会いに行く?

 なんでだ」


 自分のその呟きを聞いた堺は、戦闘体勢のまま、ん? とこちらを見た。




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