連れていってあげるわよ

 




 一応、退院したばかりの真田を先に降ろしたあと、堺が言ってきた。


「晶生、何処行くの?

 連れていってあげるわよ」


 顔を見て、これは帰りそうにはないなと思ったのか、堺がそう訊いてくる。


「あ、じゃあ、その辺で降ろしてください」

と赤信号で止まったとき言うと、堺はこちらを見ずに、


「遠藤のホテルでしょう?

 私も行くわ。


 まあ、最後の別れくらいはね」

と言ってきた。


「まだ、解体されてませんよ」


 そう言いながら、ビルの谷間にある小さな遠藤のホテルを見たが、もうそれは時間の問題のように思われた。






「遠藤ー。

 居るのー?」


 夕日の代わりに照らしてきた月明かりの中、晶生は相変わらず開いたままの扉を押し開ける。


「だから、私が居ないことがあったかと言ってるんだ」

と遠藤の声がした。


 相変わらず、階段の途中に腹を刺されて座っている。


「なんだ、堺も一緒か」

という遠藤の言葉に、


「あら、居ちゃ悪い?」

と言いながら、堺は晶生の後についてホテルの中に入ってきた。


「聞いたんだな?

 このビルがいよいよ取り壊されると」


 そう言う遠藤に、

「どうするの?」

と晶生は訊いた。


 さて、どうするかな、と遠藤は笑っている。


 何処かサバサバした表情にも見えた。


「……成仏するの?」


 上目遣いに窺いながら訊いた晶生に遠藤は、


「して欲しくなさそうだな。

 霊を成仏させられないとは、お前は霊能者にはなれんな」

と笑って言ってきた。


 確かに、と晶生は思う。


 だって、霊と言えども、よく知る人間が居なくなるのは寂しいから。


 霊が成仏し、消えてしまうこと。


 それは、晶生たちにとって、二度目の死を意味する。


 一度目は肉体が消え、今度は、魂が消えてしまう。


 どちらも強い喪失感を伴うのは同じだ。


 遠藤の一度目の死は知らないが、腹を割って話せる仲間が消えてしまうのは、寂しいことだ。


「他の廃墟に移動するのなら、何処かいいとこ、探してくるわよ」


「何故、廃墟……」

と遠藤は苦笑する。


「晶生。

 ちょっと上を見てきてくれないか?」


 ふいに遠藤はそんなことを言い出した。


 え? と階段途中に居る遠藤を見上げると、

「私は此処から動けないからな。

 どうも上の階の霊たちの様子がおかしい」

と言ってくる。


 そう、と頷くと、晶生は遠藤の横を通り、二階に上がろうとした。


「素直だな。

 最後くらい頼みを聞いてやろうと思っているのか?」

と笑う遠藤に、


「だから、成仏する気ないんでしょ?」

と苦笑いし、晶生は階段を上がっていった。


 ホールに立つ堺はそのまま、そこを動かなかった。







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