なんで、退院してないの?




 夢を見た。

 見たこともない白いワンピースの女。


 あの夕暮れの道に、夕陽と同じ色にその服を染めて立っている。


 その女の足許には、刺された男が転がっているが、女は助けるでも叫ぶでもなく、ただ、そこで男を見下ろしている。


 その光景はちょっと切なく、だが、美しい――。


 そんな夢を思い返しながら、自分は、ゆっくりと目を覚ました。







 なんかいい匂いと気配がする、と思う真田は、その匂いに惹かれるように、夢から現実へと意識を引っ張られていた。


 ブラインドを閉めていなかったので、窓から差し込む夕陽に炙られながら、眠っていたようだ。


 顔が熱い。


 目を覚ましたのは、その眩しさのせいか。


 この気配と匂いのせいか。


 ……女の子の匂いだな、と真田は思った。


 こういうことを口に出して言うと、これだから、男子高校生なんてと言われそうだが。


 嗅いだだけで、ときめくような、胸が沸き立つような香りが女の子たちからはいつもする。


「シャンプーや香水の匂いでしょ。

 ドラッグストアで嗅いでなさいよ」

と姉などには切り捨てられそうだが。


 ときめくものはときめくのだ。


 自分でその香りをまとっても、当たり前だが、ときめかないし。


 そして、今、枕許でしているのは、自分の胸を最も騒がせる香りだった。


 晶生の香りだ。


 匂いでわかったとか言うと、眉をひそめられそうだが。


 晶生らしい、甘ったる過ぎない、さりげないいい香りがしていた。


 それはそういうシャンプーとかボディソープを選んでるからよ、とか言われたくない。


 そういうものを選ぶ晶生が好きだし。


 自分はそれを晶生の気配のように感じているから。


 うっとりと目を閉じていると、晶生はそのまま沈黙している。


 ……なんか変だな、と真田は気がついた。


 本当に晶生が見舞いに来てくれたのなら、寝ている自分に、いつものように嫌味のひとつもかましそうなものだが。


 っていうか、黙ってなにしてるんだ?


 ……まさか。

 あの点滴スタンドの方を見てるとかっ? と目を開けると、本当に晶生はそこに居た。


 案の定、自分が寝ているのとは違う方角を見ている。


 だが、黄昏の光が満ちる病室に制服姿で立つ晶生には、なんだか、この世のものではないような雰囲気があって。


 その姿を見たことにより、余計に不安になった。


 彼女は本当にこの世界に存在しているのか。


 それとも、幻なのか――。


 自分もまた、黄昏時のこの雰囲気にやられたのか。


 そんな風に感じてしまう。


 だが、その間も、晶生は点滴スタンドの方だけ見ていた。


「これで、キスのひとつもしてくれたら、幻確定なんだが……」


 すると、ようやくこちらを見た晶生に、額をぴしゃりとやられた。


 ……本物のようだ。


「真田くん、なんで退院してないの?」


 まるで、退院していないことが悪でもあるかのように、腕を組んだ晶生は自分を見下ろし、言ってくる。


「いや……レントゲン、よく見たら、ちょっと脚の骨にヒビが入ってたとか。


 心拍数が怪しいとかで」

と良いながら、今こそ、心拍数が怪しくなっているが、と真田は思っていた。


 だが、その言葉を聞いた晶生はますます眉をひそめる。


「もうー。

 引っ張られないでって言ったじゃない」


「引っ張られる……?」


「真田くん、やさしいから、此処に居て欲しいんじゃないの?

 例の看護師さんが」

と晶生は言う。


「たぶん、ほんとは何処も異常はないわよ。

 足のヒビが後から見つかるなんて変だし。


 まあ……夜中に看護師さんが現れて、真田くんの足を折ったり、トンカチで叩いてたりしたら、別だけど」


 平然と晶生は言ってくるが、ひっ、と思い、看護師の姿を探して、キョロキョロしてしまう。


 言いたいだけ言ったら、帰ってしまうのではないかと思っていたが、晶生は側のパイプ椅子を引っ張り、腰を下ろすと、おのれの膝で頬杖をついた。


 呟くように言う。


「でも、もしかしたら、私かも……」

と。


「え?」


「私の怨念が真田くんを此処に引き止めてるのかもね。

 なんだか気になってるの、あの看護師さん」


 ――と、田中一郎、と今は誰も居ない点滴スタンドを見ながら晶生は呟いていた。






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