あっ、うっかり探偵さんっ
「あっ、うっかり探偵さんっ」
その店に入った途端、晶生は、にこやかに例の店員、松木恵利に出迎えられた。
すると、他の店員や奥に居るパティシエの人たちまで、こちらを振り向く。
みな愛想が良かったが、その目には、
ああ、うっかり探偵さん、
あのときの、うっかり探偵さん、
なんだかこの人が来ると、事件が起きるうっかり探偵さん、
と書いてあった……。
このままでは、うっかり探偵で固定されてしまう、と思いながら、
「松木さん、これ、約束の物です」
と白い紙袋を差し出すと、恵利はそれを受け取ったあとで、周囲を見回し、
「……恵利でいいです」
と小声で言ったあとで、そっと中を覗いていた。
いや、そこは小声でなくていいですし。
そういうことすると、なにかヤバイものみたいなんですけど……。
まあ、ある意味、ヤバイものだが。
インチキ霊媒師のサインだからな、と思っていると、恵利は早速、笹井のサインに気づき、わあ、と声を上げながら、それを袋から出して
「すごいですよ、店長」
と後ろを振り返っていた。
「笹井さんのサインがカップ麺にっ!
こんなの、他の店は置いてませんよっ」
そうですね。
世界中で、我が家と此処にしかないと思いますが、と思いながら、
「ごめんなさい。
沐生が笹井さんに会ったとき、そんなものしか持ってなかったみたいで」
と言うと、恵利は飛んで喜ぶ。
「ええっ?
長谷川沐生さんが、カップ麺にサインしてくれって頼んでくださったんですかっ?
レアですっ。
レアですよっ、これっ」
いそいそと店長が脚立を持ってきて、上の棚にある晶生のサインの横にカップ麺を立てかけていた。
店内のお客さんも、それを見に席を立ったりしている。
「へー、長谷川沐生がサインしてくれって頼んだサインだって」
「なにそれ。
長谷川沐生のサインじゃないの?
なんで、笹井さん?」
と女の子たちが話しているのが聞こえてきた。
そのうち、『長谷川沐生さんがサインを頼んでくれた笹井さんのサイン』とか注意書きがつきそうだな、と思いながら、晶生は空いていた窓際の席に座る。
その棚を見上げた。
日向のサイン、はいいとして。
うっかり探偵のサインの横に、笹井さんのカップ麺。
素敵なスイーツの店が我々のサインにより、いいがわしい店になりつつあるようだ、と思ったあとで、メニューを眺める。
この間頼まなかったやつを頼んでみよう、と思いながら、ふと、窓の外を見た。
あのときの白いワンピースの女の気配を追うように。
だが、男が刺されたその道にはなんの気配も残ってはいなかった。
やはり、この場所についている霊ではないのか、と思いながら、見ていると、
「決まりました?」
と恵利がやってきたが、実際のところ、注文を訊きにきたわけではないようだった。
先程から晶生の視線を追っていたようで、
「なにか見えたんですか?
今回もパパッと解決しちゃいます?」
と笑顔で訊いてくる。
いや……あんなこと、滅多にないですからね、と思いながら、
「じゃあ、ミルクパフェ」
と言うと、残念そうに、
「ミルクパフェですか~」
と恵利は言った。
いやそれ、まずいんですか? と思ってしまう口調だったが、恐らく、事件の話が聞けなかったからだろう。
だが、今のところ、話せるようなことはなにもない。
真田くんのことも気になるし。
やっぱり、堀田さんに協力してもらうしかないか、と思いながら、美味しいのか不安になってきたミルクパフェを待った。
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