なんのために居るんだろうな……
なにやってるんだ、こいつは、と思いながら、沐生は後ろを振り返った。
堺はまだあの霊から逃げるようにして、壁に張り付き、見下ろしている。
実は玄関のガラス扉を開ける前から、あの土下座する霊が見えていたのだが、堺がわざとそちらを見ないようにして隠しているようなので、見ないふりをしてやったのだ。
今日の俺は心が広い。
堺に邪魔されることなく、晶生と話せたからな、と思っていた。
ちゃんと晶生を家まで送ってこれたし。
それだけのことなのに気分がいい自分が不思議だった。
それにしても――
と、堺がこちらを見ていないことを確認し、もう一度、土下座する霊を見た。
絶対追いかけてくると思っていた堺が追いかけてこないので、おかしいなとは思っていたのだが、あんな霊に懐かれていたとは……。
それにしても、何故、あの霊の存在を隠してるんだろうな?
特に堺には関係のない霊のような気もするんだが。
いろいろと後ろ暗いことがあるから、思い当たる節がありすぎるとか?
今も、堺はその霊をまるで、ゴキブリがハブかなにかのように見ながら、動けないでいる。
……まあ、本人がなにか言ってくるまで、放っておいてやるか、と思いながら、正面を見たとき、薄暗いスタジオの入り口の前の廊下に、その女は居た。
ぼんやりとして、こちらを見るでもなく、見ている。
うちのマンションに現れていた霊に似てるな、と思ったが、そもそも生きていても死んでいても、女の顔など覚えられない。
本当に一緒かどうかはわからなかった。
しかし、生きている人間なら、無視したり、すり抜けようとして、ぶつかったりしたらまずい、と思い、軽く頭を下げてみたが、女はまったくこちらを見てはいなかった。
ただずっと、何処か遠くを見ている。
……死んでたか。
今の誰も見てなかったろうな、とおもわず周囲を窺ったとき、近くの部屋のドアが開いた。
「お疲れさまですー。
沐生さん、そろそろですよー」
と言いながら、揃いのジャンパーを着た若い男女のスタッフたちが現れた。
軽く頭を下げ、スタジオに入っていくと、後ろで、
「長谷川沐生、格好いいなー、やっぱり」
と小声で話しているのが聞こえてきた。
「実物見て、がっかりなときもあるけど。
長谷川沐生はテレビで見るより、すげえよな。
オーラが違うって言うか」
「あの寡黙なところがいいですよねー。
あれだけの役者さんなのに、なんの自慢もしないしー」
とまだ新人らしい彼女らが話しているのが聞こえてきたが。
いや……。
俺は寡黙なのだろうかな、と沐生は思う。
単に口を開けば、うっかりな失言をしてしまいそうで、黙っていることが多いだけのような気もしている。
今みたいに、霊に挨拶したりしてしまわないように。
晶生に言ったら、
『寡黙でも寡黙じゃなくてもいいけど。
肝心なことをなにも言ってくれないのは困りものだわ』
と言ってきそうだ、と思いながら、振り返る。
堺はまったくこちらに来る気配はなかった。
自分のところのタレントの動向に気を配る様子も見せない。
……あのマネージャー、なんのために居るんだろうな。
実はただ単に、俺が晶生のところに行かないように見張るために、俺に付いてるんじゃないか? と溜息をつきながら、沐生は台本を置いていたパイプ椅子のところまで一人戻った。
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