~懐古ホテル~

 


 月明かりの差し込む廃墟のホテル。


 遠藤は階段に座り、広いロビーに十字架のような窓枠の影が落ちているのを眺めていた。


 朝も昼も夜もなく、此処に座っているのだが、生きているときとは時間の流れる感覚が違うので、ずっと此処にこうしていても、苦痛だとは思わない。


 ただ、退屈でないかと言われたら、嘘になるし。


 寂しくないかと言われたら――


 まあ、嘘になるかな、と思っていた。


 そのとき、ホテルの玄関扉が軋みながら開くのが見えた。


 また晶生か、堺か? と思ったのだが、違った。


 深く帽子を被り、黒く厚いコートを着た男が、影の十字架の中央まで歩いてくる。


 なにしにこんなところに?


 最近流行りの廃墟探検とかいうやつか?


 それにしては、カメラもスマホも持っていないようだが、と思い眺めていると、その人物はいきなりこちらを振り向いた。


 顔も見えないのに、目が合ったように感じる。


 だが、男は階段を見ているだけなのかもしれないと思った。


 また向きを変えた男は靴音を響かせながら、ホテルから出て行く。


 扉の閉まる音を聞きながら、晶生に、ホテルの鍵をかけておくよう撮影スタッフにでも言ってもらわねばな、と思っていた。


 いや、別に自分の家ではないのだから、空き巣が入っても、浮浪者が住み着いてもいいのだが。


 静かでないと落ち着かないというか。


 ゆっくり過去の記憶にも浸ってられないからな、と溜息をつき、おのれの左脇腹を見る。


 そこにはまだ、深々とナイフが刺さっていた。


 じっと見ていると、血が滲み出してくる。


 過去の記憶がそこから染み出してくるように。


 やれやれ、と思いながら、遠藤はまた、大きな十字架の影を見つめた。







                            





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