記憶 II

 



「ただいまー」

と家に入ると、台所に居た母親が、


「あら、出かけてたのー?」

と言ってきた。


 ……本当に呑気な親だ、と思いながら、部屋の障子を開けると、普通に沐生がラグの上に座っていた。


 なんとなく、そのまま閉めたくなったが、堪える。


 なのに、勝手に人の部屋のCDを見ていた沐生は目を上げてこちらを見、

「なに疾しげな顔してるんだ。

 またなにかあったのか」

と言ってきた。


「堺さんと――」

と付け加えてくる沐生に、何故、そうピンポイントで来るんだ、と思いながら、側に行き、腰を下ろす。


「なに見てるの?」


「いや、なにかいいCDはないかと」


 勝手に漁っていたのか……。


「そういうところは、普通に『おにいちゃん』よね」

と言うと、機嫌悪くCDをテーブルに放る。


「ねえ、おにちゃん」

と呼びかけると、更に嫌そうな顔をした。


 晶生は、

「いや……なんでもないわ」

と言ったあとで、黙って、今、沐生がテーブルに投げたCDを見ていたが、


「ねえ、人が霊を殺したくなるときって、どんなときだと思う?」

と訊いてみた。


「都合の悪いことを知られてるときだろ?」

と沐生はあっさり言ってくる。


 そこですぐに答えが出るのが怖いんだけど、と思いながら、沐生を見ていると、沐生は、イラついたように、テーブルを指で弾き始めた。


 なんだ? と思っていると、

「何故、俺を見つめる」

と言ってくる。


「いや、そこに顔があるから」


 単に沐生の顔がそこにあったので、眺めながら、考え事をしていたのだ。


 最近は実物を見るより、テレビやポスターで彼を見る方が多いので、そういう気分だったのだが。


 今、目の前にある沐生の顔には、画面やポスターと違い、感情があるようだった。


「落ち着かなくなるから見つめるなっ」

と怒鳴ってくる。


 ええーっ? と思っていると、沐生は晶生の腕をつかむと、テーブル越しに口づけてきた。


 ええっと、と思っていると、足音がした。


 沐生を突き放そうとするが、離れない。


 ひーっ、と思いながら、手探りで、手許を探すと、ちょうどCDのケースがあった。


 それを掴み振ると、ちょうど、沐生の腕に当たったようだ。


 コンコンコンコンとキツツキのようにつついていた。


 目を開け、廊下の方を見ようと思うのに、沐生の顔しか目に入らない。


 睫毛ながっ、切って移植したいくらいだな、と思ったとき、ついに障子に人影が映った。


 ガラリと開いた瞬間、沐生は離れていて、その手にはCDがあった。


 沐生は、今までそのジャケットを眺めていたような顔で、母親を振り返る。


「ああ、二人とも此処に居たの。

 水ようかん、佐倉さんにもらったんだけど、食べる?」


 そう訊いて来る母親に、

「た、食べる」

と答える自分の横で、沐生が、


「もらおうかな」

と言い、立ち上がる。


 自然だ。


 自然過ぎる。


 役者って怖い……と、沐生や堺たちに、お前も役者だったろっ、と突っ込まれそうなことを思っていた。


「行くぞ、晶生」

とまだ座り込んでいた自分を振り返り、障子の側で沐生が言ってくる。


 よろりと立ち上がり、そこまで行くと、

「そういえば、ダムの件、どうなった?」

と訊いてくるので、


「あ、もう解決した。

 っていうか、最初から解決してたようなもんなんだけど、あれ」

と言ったあとで、


「堺さんに、うっかり探偵とか言われた」

と言うと、沐生は、冷ややかにこちらを見、


「お前、やっぱり堺さんと居たんだな」

と言ってくる。


 うっ、とつまっていると、溜息をつき、

「堺さんに言っとけ。

 お前、一体、誰のマネージャーなんだってな」

と言いながら、廊下を歩いて行ってしまう。


 はは、と思いながら行こうとして、足を止める。


 この間、堺の言っていたことと、今日の彼の態度が気になっていたからだ。


『キスしてくれたら、話してあげるわ』


 ん?

 今日、キスされたのに、なにも話してくれなかったぞ。


 車から引き摺り下ろされただけだ。


 誤摩化されたか、と思いながら、廊下から振り返り、障子に手をかける。


 ……大丈夫。


 私は、ちゃんと殺してる。


 ベッドの上には水浸しの男がぼんやり座っていた。


 大丈夫……。


 そう心の中で繰り返しながら、晶生は障子を閉めた。






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