実は、此処に居ます I

 


「いや……、らしいと言って、笑ってしまうかも」

 そう晶生は呟く。


 もしも、沐生の魂がその場所に居たら。

 嫌だけど、らしいと言って笑ってしまうだろう。


 そう思ったとき、沐生が本を置いて、立ち上がった。

 すぐ側に来た彼が、ふっと顔を近づけてきたので、なんとなく逃げてしまう。


 沐生はそのまま止まっていたが、一拍置いて、また一歩、前に出てきた。

 びくっとして、つい、一歩下がってしまう。


 晶生は、ごんっ、とカレンダーのかけてある壁に頭をぶつけ、頭を押さえた。


「……なに逃げてんだ」

と凄むように沐生に言われ、

「いえその、なんとなく」

と苦笑いする。


 なんとなくではない。

 すぐ近くの部屋からテレビの音と親の笑い声が聞こえて来ているからだ。


 こういうときはどうしても、罪の意識がつきまとう。


 兄なので。

 ……一応、兄なので。


 そうは思ってはいないが、親たちからしてみれば、兄妹なので。


 親の声が聞こえてきているときにそういうことをするのは、なんとなく嫌だった。


「晶生」

と呼びかけきた沐生が晶生の顔の側の壁に手をつく。


 つい、身をすくめてしまった。


「ドラマでは良くやるんだが、現実にはやったことがないうえに、カツアゲするとき以外やってる奴もあまり見たことのない壁ドンだ」


 そ、そうでございますね、と固まったまま思っていた。


 あのー、そろそろお母さんたちが戸締りに家中をウロウロする時間なんですが、と思いながら、近づいた沐生の顔からまた逃げる。


「いやあのー、堺さんと違って、私、キスしても、なにも喋れることもないんだけど」

と言うと、沐生は顔をしかめ、


「いつから、一回キスしたら、秘密を話すルールになったんだ」

と言う。


 案の定、ガラガラと戸を閉めて回る音が聞こえ始めた。


 思わず、そちらを見た瞬間、壁ドンしていない方の手で肩を掴まれ、キスされていた。


 つい、逃げずに止まってしまう。


 だが、すぐそこまで、親が戸を閉めて回っている音が近づいてきているので、気が気ではなかった。


 しかし、沐生はその音に動揺するでもなく、晶生の肩を掴んだまま言ってくる。


「聞きたいか? 晶生。

 俺の秘密を」


 いや、聞きたくない……と思っていた。


 実は、人を殺したとか。

 私が殺したことを知っているとか。

 そんなことならまだいいが。


 この家を出てから、どんな女と付き合ってるとか、そんなこと死んでも聞かされたくないと思っていた。

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