そこに居ます IX

 



「私のキスなんかってなんだ」


 晶生の話を聞いた沐生は渋い顔をする。

 俺でも気安くできないのに、と思っていた。


 近すぎて触りにくいというか。

 いつも触れられる位置に晶生が居ることが怖くて、結局、家も出てしまった。


 晶生は座りもせず、真剣に何事か考えている。


 こいつ、突然、なにするかわからないからな、と思って、その横顔を眺めていた。


 こういうときの晶生の顔は好きだ。

 普段は間が抜けているように感じるときもあるが、ひとつの物事を熟考しているときの晶生には、知性と憂いが仄見えていて、嫌いではない。


 それにしても堺の握っている秘密というのはなんなんだろうな、と思う。

 晶生は心当たりがあるからこそ、なんとか訊き出そうとしているのだろうが。


「ところで、今回の事件、解決したくないんだけど」

 腕を組んで立つ晶生が、ふいにそんなことを言い出した。


 なんでだ? と見上げる。


「放っといても、そのうち、解決するから。

 犯人は遠からず自供する。


 そして、もうひとつの謎は、解かないままの方がいい気がするから」


 晶生は腕を組んだまま、小首を傾げてみせる。


「どれが正解でも、私だったら嫌かもね、と思って」

と何故か、こちらを見つめてきたあとで、いや……、らしいと言って、笑ってしまうかも、そう晶生は呟いていた。






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